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小島寛明の「規制とテクノロジー」 第322回

日本、アメリカに150兆円 投資額の“格差”広がる

2025年02月11日 07時00分更新

文● 小島寛明

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 石破茂首相が、米国のトランプ大統領と会談した。

 日米首脳会談が開かれたのは土曜の明け方、2025年2月8日未明のことだ。石破首相は2024年10月、トランプ大統領は2025年1月に就任したため、今回が初めての首脳会談となった。会談の結果として最も注目を集めたのは、日本製鉄による「USスチール」の買収計画の行方だ。10日朝の時点では、日本製鉄がUSスチールに出資はするものの、過半数は取得しない方向でまとまるのではないかという見方が強まっているが、本稿ではあまり踏み込まない。

 むしろ注目したいのはやはり、この連載の主要テーマであるテクノロジー分野の成果だ。今回の首脳会談では、AI、先端半導体、量子コンピューティング、サイバー空間における安全保障協力などが取り上げられたようだ。首脳レベルの会談だけに、詳細はほとんど触れられていないが、可能なかぎり詳しく会談の成果と課題を掘り下げたい。

日本は5年連続で最大の対米投資国

 会談の成果品としてもっとも重要なのは、会談後に発表される共同声明だ。石破首相とトランプ大統領が会談で合意した内容を公式に示すもので、日米関係の方向性の指針となる外交文書だ。テクノロジー関連では、以下のような記述がある。

 「二国間のビジネス機会の促進並びに二国間の投資及び雇用の大幅な増加、産業基盤の強化及びAI、量子コンピューティング、先端半導体といった重要技術開発において世界を牽引するための協力、経済的威圧への対抗及び強靭性構築のための取組の強化、自由で公正な経済秩序に支えられるインド太平洋地域の成長の共同での促進を追求する」

 AI、量子コンピューティング、先端半導体などの分野において、日米両国が相互に投資や、雇用の促進を進めていきましょうという合意と理解できる。しかし、会談後の記者会見の内容を確認すると、ニュアンスは全く異なる。

 石破首相は先端分野をはじめとした対米投資について、「対米投資額を1兆ドル(約150兆円)という、いまだかつてない規模まで引き上げたいと伝えた」と述べている。一方で、トランプ大統領は、会談後の記者会見では、対日投資について触れていない。日本の片思いにも見えるが、データを確認すると現状がよく理解できる。

 日本企業の対米投資は2023年、7833億ドルで、2019年から5年連続で世界最大の対米投資国となった。他の上位国を確認すると、2位カナダ、3位ドイツ、4位英国、5位フランスの順だ(2024年07月25日、日本貿易振興機構「ビジネス短信」)。

 一方、2022年の日本企業による米国への直接投資は7752億ドルだったが、米国企業の日本への直接投資は、775億ドルだった(2023年11月、外務省「米国経済と日米経済関係」)。つまり、米国企業からの日本への直接投資は日本の対米投資の10分の1程度の水準にとどまっていることがわかる。

日本への投資をどう引き込むか

 トランプ大統領が就任した翌日にあたる1月21日、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長がトランプ大統領や、OpenAIのサム・アルトマンCEOらと記者会見し、データセンターなどのAIインフラについて今後4年間で、最大で5000億ドル(約77兆9000億円)を投資すると発表している。

 孫氏は巨額の投資の原資としてサウジアラビアなどの中東マネーなどを見込んでいるとみられており、単純に日本から米国への投資とは言い切れない。そうであったとしても、この発表についても、日本は資金を出す側で、投資を受けるのはOpenAIをはじめとした米国側という構造は同様に見える。

 日本製鉄のUSスチールの買収計画は、日本製鉄がUSスチール株を過半数に満たない程度まで取得する「投資」とすることが、当面の落としどころとなりそうだ。そして、日本は、2023年に7千億ドル台の対米投資を1兆円に引き上げる。こちらも日本から米国への投資だ。今回の首脳会談であらためてはっきりした日米関係の大きな課題は、今後、米国から日本への投資をどう引き込むかだろう。

 この1、2年の状況を確認すると、それほど悲観的な状況でないことも分かる。最近の円安ドル高傾向も手伝って、米国のファンドが日本企業の買収に乗り出す案件が目立っている。この連載のテーマに近い分野では、米国のファンドKKRとベインキャピタルが、富士ソフトをめぐって激しい争奪戦を繰り広げている。また、首都圏を中心に、Googleやマイクロソフトなど米国のIT大手によるデータセンターの建設ラッシュが起きている。この例も、米国から日本への投資の拡大を示す事例と言っていいだろう。

 ただ、データセンターへの投資が拡大したとしても、AI技術の根幹や、ビジネスの主導権は米国側が握り続けることになる。今後、データセンターだけでなく、AIや量子コンピューター、先端半導体そのものの開発で、米国から日本への投資が拡大する手立てはないだろうか。

 

筆者──小島寛明

1975年生まれ、上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒。2000年に朝日新聞社に入社、社会部記者を経て、2012年より開発コンサルティング会社に勤務し、モザンビークやラテンアメリカ、東北の被災地などで国際協力分野の技術協力プロジェクトや調査に従事した。2017年6月よりフリーランスの記者として活動している。取材のテーマは「テクノロジーと社会」「アフリカと日本」「東北」など。著書に『仮想通貨の新ルール』(ビジネスインサイダージャパン取材班との共著)。

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