2020年10月16日、DevOps向けのプラットフォームを提供するGitLabは、リモートワークの取り組みについて説明会を行なった。「世界最大のフルリモートワーク企業」を謳うGitLabのリモート統括責任者 ダレン・マーフ氏がリモートワークに至った背景や成功のポイントなどを丁寧に説明した。
試しにオフィスを作ったが、3日で来なくなった
「DevSecOpsのライフサイクル全般をカバーする単一アプリケーション」を謳うGitLab。GitリポジトリのマネージャーであるOSS「GitLab」を中心に、DevOpsで必要なプランニング、CI/CD、テスト、セキュリティまで幅広くカバーしており、導入は10万組織、ユーザー数は3000万を突破している。
同社で特徴的なのは、コロナ禍以前からオフィスを一切持たないという点だ。現在68カ国、1300人におよぶ同社のメンバーはすべてリモートワーク勤務で、自宅やコワーキングスペースなどを仕事場にしている。GitLabのリモート統括責任者 ダレン・マーフ氏は「もともと戦略的な意図はなく、自然とリモートワークという働き方になった」と語る。
これは地理的に離れた2人の共同創業者がGitLabを立ち上げたことも関係している。GitLabは2011年にディミトリー・サポロゼッツ氏によってOSSのコラボレーションツールとして公開された。その後、オランダにいるもう1人の共同創業者であるシド・シブランディ現CEOがサポロゼッツ氏にコンタクトをとったことで、GitLabのビジネスがスタートした。当初からまったく違う国で1つのチームとして動いていたわけだ。
その後、スタートアップアクセラレターのY Combinatorの支援を受け、GitLabはサンフランシスコに拠点を移す。メンバーも9名となり、Y Combinator卒業の条件であるオフィスを作ったものの、作って3日でメンバーは出社しなくなったという。通勤の時間を仕事をあてたいと考えたのが最大の理由だ。試験的に立ち上げたオフィスが失敗したことで、GitLabは以降フルリモートでオフィスを持たない企業として成長を遂げることになる。「フルリモートにしたことで、地理的な多様性とグローバルな視点を得ることができた。ポストコロナは働く場所の柔軟性が必要になる」とマーフ氏は指摘する。
リモートワークのすべてを文書化 透明性を確保
GitLabにとってリモートワークは乗り越えられない壁ではなく、本当の壁は「慣れない環境を強制されること」だった。GitLabのリモートワークは、すべて同社の「価値観」に基づいているという。なにより「結果」を重視し、透明性と反復(イテレーション)が結果につながるという点を重視。そして「コラボレーション」「多様性」「効率性」が他社との差別化を生むという。
具体的な働き方としては、会議はアジェンダ必須・時間厳守でスピーディに済ませ、コラボレーションはGitLabのツールを自ら用いる。採用においても、自己管理能力に長けた人材を重視し、経営者やマネージャーもリモートワークに慣れてもらう。さらに割り当てられた作業量ではなく、成果や作業時間を計測しているという。
また、プライベートと仕事を分け、健康的なリモートワークを実現するため、メンタルヘルスを重視している。定期的に休憩し、家族や友人とふれあう時間を設けるほか、やりとりはビデオ会議で顔を見てつながるようにする。同僚とはチャットやビデオ会議で仕事以外の交流もできるようにし、いわゆるバーンアウト(燃え尽き症候群)、孤立、不安の防止に積極的に取り組んでいるという。
給与に関しても公平性や透明性を重視しており、同じ立場の人は同額の報酬、同じ地域では同じ現地レートで給与を支払う。また、世界200以上の国や地域の給与額を計算できる専用の給与計算ツールを用意している。これを使えば、専門家に依頼しなくても、報酬額を計算できるという。
重要なのはこうしたリモートワークの進め方やノウハウをすべて文書化していることだ。この中には基本戦略、意思決定の基準、組織文化の構築、チームの運営、ツールなども含まれている。GitLabでまとめられたドキュメントは「リモートプレイブック」として外部にも公開され、コロナ禍以降は7万のダウンロードとなっているほか、Courseraとの提携によりオンライン講座としても提供されている。「コロナ禍を生き残るだけではなく、その中で成長するため、ほかの企業にも役立ててほしい」とマーフ氏は語る。
リモートとリアルのハイブリッドな働き方は注意が必要
2015年からフルリモート企業として成長してきたGitLabにとってみれば、リモートワークはオフィスコストの削減、場所を選ばない人材採用、従業員のモチベーション向上、さまざまな危機からの回復力など、多くのメリットが得られたという。
デジタルのアウトプットが多い会社はフルリモートワークがやりやすいが、製造や病院など人間の交流が多い業界でも、マーケティングや財務など一部のリモート化は可能だという。成功のためには、非同期のワークフローツールを用いて、合意を得るための集まりと意思決定を分けつつ、文化や関係性を維持するため、組織内で戦略的に交流を展開することが重要だという。
逆に課題としては、新入社員や転職者のオンボーディングが難しかったり、数字や予想を文書化する担当の負荷が増えたり、コミュニケーションの断絶、バーンアウトや孤立などが挙げられる。また、「リモートとリアルのハイブリットは難しい」というのも注意点。「リモートのチームと出社するチームで、コミュニケーションのサイロ化や文化的な摩擦が生まれる可能性がある」(マーフ氏)というのがその理由だ。そのためには物理オフィスで意思決定されないよう、一部のエグゼクティブを外したり、ワークフローや評価、昇格は必ずリモートファーストにするといった工夫が必要になる。
最後、日本企業に向けての提案としては、まず物事の進め方に関する信頼できる唯一の情報源となる「ハンドブック」を作成し、リモートワークに成功している会社と質疑応答したり、従業員に向けてワークスペースや引っ越し、ツールなどに関するアンケート調査を行なうことから始めるべきだとした。また、マーフ氏のようにリモートワーク専任の責任者を採用することも重要だという。