中の人が語るさくらインターネット 第15回
現在の分散システムから「超個体型データセンター」の理想世界へ、さくらインターネット研究所・菊地氏に聞く
「みんなジョブズにだまされている」? エッジ/フォグの進化が必然である理由
2020年02月19日 08時00分更新
エッジコンピューティングのサービス化は「質と量の課題が出てくるはず」
前述したとおり、研究員としての菊地氏のポジショニングは「面白そうな技術を社内にすばやくフィードバックする」ことだ。かつて「さくらのVPS」「さくらのクラウド」のサービス開発を研究員たちが支援したように、エッジ/フォグ関連のサービス開発を積極的にサポートしていきたいと語る。
実際、エッジコンピューティングに対する顧客ニーズの高まりに応えるため、そして将来的な超個体型データセンターへの道筋をつけるために、さくらインターネット社内では新たなエッジコンピューティングサービスの検討が始まっているという。もちろん菊地氏も参加している。
「まだ具体的なサービスとして発表できる段階ではありませんが、さくらのデータセンター側からエッジ側へ、『さくらのクラウド』を延伸するようなアーキテクチャで議論を進めています。もっとも、さくらにとってエッジは未知の領域ですので、わたしは研究員の立場からどんな機能やサービスが必要かを整理し、上流のサービス設計をアシストする役割を担っています」
これまでデータセンターで運用してきた「さくらのクラウド」を、そのままエッジ環境まで延長して動かす――。概念的にはシンプルであり、すぐにでもサービス化できそうに思えるが、現実はそう簡単ではないようだ。菊地氏は「実際には『質と量』の両面で、課題が生じるはずです」と説明する。
まず「質」については、SLA(サービスレベル保証)の課題があるという。エッジが配置される環境はまちまちであり、これまでのデータセンター内のような均質な環境(ネットワーク、電力、空調など)が望めないため、一定のサービスレベルを保証するのは難しい。たとえばデータセンターとエッジの間で大きなネットワーク遅延が発生すれば、ディスクの書き込みロックからKubernetesクラスタのオーケストレーションまで、これまで考慮しなくてよかったような障害が発生しうる。
もうひとつの「量」とは、管理対象となるエッジの数が膨大なものになることを指している。これまでは数カ所のデータセンター/AZ(Availability Zone:管理単位)を管理するだけで済んだが、エッジコンピューティングになるとその数が一気に増えることになる。そのためには、これまでの運用管理のアプローチを根本的に見直さなければならないと、菊地氏は説明する。
「アナロジー(たとえ話)として言えば、インターネットサービスの運用管理から、携帯キャリア網の運用管理へと大きく変わるようなものです。携帯キャリアの場合、1億台の携帯端末があって、それが全国どこでもつながるように、有限の人員で運用管理しなければならない。バックグラウンドの文化や設計思想は、インターネットのそれとはまったく異なります」
ただし、エッジコンピューティングの課題を携帯キャリアと同じアプローチで解こうとしても「うまくいかない」だろうと菊地氏は述べる。インターネットやクラウドの世界で長年蓄積してきたノウハウも生かしながら、一つひとつの課題に対する解決策を模索していかなければならないとした。
「超個体の世界を具体的に見せる」アプリ開発も手がけたい
上述したエッジコンピューティングのサービス開発に加えて、菊地氏は「エッジ向けアプリの開発もやっていきたい」と語った。主にインフラレイヤーのサービスを提供してきたさくらにとっては、少し異例のことだろう。
「本来はさくらが手がける範囲ではないかもしれませんが、エッジコンピューティングやその先の超個体型データセンターの世界でどんなことが実現するのか、その世界観を見せるサンプルのようなアプリを作れないかと考えています」
一例として菊地氏は、「イベント空間共有システム」というアイディアを紹介した。ライブ会場にいる観客一人ひとりがカメラと表示装置(VRグラスなど)を身に着け、自分の視点(カメラ映像)をエッジサーバーにアップロードする。そして、ほかのアングルから見ている観客と、リアルタイムに“視点の交換”ができるようにするというアイディアだ。
「つまり、ライブ会場の客席にいながら、別アングルからの視点もリアルタイムに楽しめるシステムです。さらに発想を広げると、複数のメンバーが複数の会場に分かれて出演しつつ、観客は全会場一体となって盛り上がる、さらには自宅で見ている人も楽しめる――そんな演出も可能になるでしょう」
同じ仕組みで「屋外型スポーツ中継・観戦システム」も考えている。観戦フィールドが広いマラソンやモータースポーツでは、選手や競技車が観客席の前を通過してしまうと、観客はその後を楽しむことができない。5Gネットワークとエッジサーバーを通じて、多地点に設置したカメラからの映像をほぼリアルタイムに受信し、切り替える仕組みを提供することで、より豊かな観戦体験ができるというわけだ。
さらに“超個体型データセンター寄り”として、電動キックボードのようなパーソナルモビリティ向けの衝突回避システムも挙げた。見通しの効かない交差点などで、ARグラスを通じて衝突回避のための警告通知を出すシステムだ。大量のパーソナルモビリティや歩行者の動きを把握し、瞬時に警告を出すためには、クラウドにデータを送って処理していたのでは間に合わない。
* * *
「わたしはよく『みんなジョブズにだまされている』と言うんです」と菊地氏は笑う。「ジョブズ」とはもちろん、iPhoneを生み出したスティーブ・ジョブズ氏のことだ。
「端末としてスマートフォンがあって、バックエンド処理はクラウドで行い、その結果をまたスマートフォンに戻す。現在ある、スマートフォンとクラウドだけで構成された世界が『究極の姿』だと思っている人は多いでしょう。でもそう思うのは、iPhoneを売り出したジョブズがみんなにかけた“魔法”のせいかもしれない。わたし自身は、いつでも『そんなことないでしょ?』と思っています」
エッジやフォグの研究を加速させ、超個体型データセンターという理想の世界を少しずつ実現しつつ、具体的なアプリケーションとしても見せていく。多くの人にかかった“ジョブズの魔法”が解けるのも、実はそう遠くない未来かもしれない。
(提供:さくらインターネット)
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