ただ音をチューニングするだけでは次のステージに行けない
トランスペアランスを実現する上で、finalは「PTM」(Perceptual Transparency Measurement)という独自の評価方法を採用した。これは一般的な“周波数特性”を中心とした評価に、“時間応答”の概念を取り入れ、D8000の開発時に確立した主観評価法と組み合わせたものだ。単に明瞭感があるだけでなく、これに音楽としての高揚感が伴っていることを重視している。
A8000の開発は5年前にスタートし、試作機の完成から発表まで2年もの時間を要した。その2年間は、この評価方法を確立するためのの時間だったとする。細尾氏の話では、音については試作機の段階でもかなり固まっていたが、フラグシップ機として自信をもって世に出すためには、「なぜこういう音がして、どういう改善をすればいいか、その再現をするために求められる技術は何か」という悩みを解決する時間が必要だったという。
空間応答を知る上では、インパルス応答の特性を調べる手法が用いられる。これはプ(ピとかチかもしれないが)という非常に短い信号を入力(再生)し、それがどのように出力されたか(届いたか)を計測するものだ。昔からあるもので、周波数特性と組み合わせて、横軸に周波数、縦軸に音圧、奥行きに応答性を示す3Dグラフを出力できる計測器などもある。ただ、データ化はできても、どのようなデータであれば、人がいいと感じるか、音質が改善していると言えるかは分からない。あくまでも特性に癖がある理由を探ったり、問題のある個所をつぶす際に有効な手法だという。
そこでPTMでは、インパルス応答の解析と主観評価結果の主成分分析をリンクさせ、これを統計分析することにした。D8000やE3000は主観評価法を取り入れているが、その調整は周波数特性に主眼を置いていた(音圧周波数特性のチューニング)。これでも、ボーカルが近く聴こえる(1~3kHz付近を持ち上げる)、解像感を高く感じさせる(8kHz以上を上げる)といった調整は可能だ。しかし、A8000ではこういった調整とは別軸の、音圧周波数特性が変わっても、これに影響されない音の真実味や聴こえやすさの改善が得られるそうだ。
細尾氏によると、PTMの手法を通じ、地道な作業を続けた結果、もたらされた結論は、「結局、昔からいい素材と言われているものと同じだった(苦笑)」とのこと。A8000では、その中でも特に伝搬速度が重要で、この点に優れるベリリウムを選択することになった。ベリリウムの伝搬速度は、アルミの倍となる毎秒12900mで、ダイヤモンドやボロンといった一部を除いて非常に高い水準だという。