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競合参入を1年以上防いだ「いきなり!ステーキ」のビジネスモデル特許

事業の成長に貢献する「ビジネスモデル特許」を具体例で紐解く

連載
知財で読み解くITビジネス by IPTech

スタートアップと知財の距離を近づける取り組みを特許庁とコラボしているASCIIと、Tech企業をIP(知的財産)で支援するIPTech特許業務法人による本連載では、Techビジネスプレーヤーが知るべき知財のポイントをお届けします。

新規事業の成長を支えた「いきなり!ステーキ」の特許

 今回は、株式会社ペッパーフードサービスが2013年に開始した新規事業「いきなり!ステーキ」について取り上げます。

 「いきなり!ステーキ」は2013年12月に1号店を出店。2018年末で397店舗と事業を拡大しており、2018年9月には日本の外食産業初となる米国NASDAQ市場への参入を果たしています。

 本稿では、同社が2014年6月に出願した特許が競合企業の参入を防ぎ、「いきなり!ステーキ」の成長に大きく貢献した可能性について考えていきたいと思います。

 同社が取得した特許は「ステーキの提供方法」に関するもので、ITビジネスの差別化要因として注目を集める「ビジネスモデル特許」を飲食事業で取得した事例となります。

「いきなり!ステーキ」が提供した新しい価値と、取得特許内容

 ここからは、「いきなり!ステーキ」の提供した新たな価値、そして特許がどのような観点で権利化されたのかを見ていきます。同店のサービスをご存知ない方は、まずは下記の動画をご覧ください。

 このようなサービスについて、「いきなり!ステーキ」は下記のような具体的権利内容を特許取得しています。

特許5946491(※登録時点の内容。後述しますが、後で権利範囲が変更になります)
【請求項1】
(A) お客様を立食形式のテーブルに案内するステップと、
(B) お客様からステーキの量を伺うステップと、
(C) 伺ったステーキの量を肉のブロックからカットするステップと、
(D) カットした肉を焼くステップと、
(E) 焼いた肉をお客様のテーブルまで運ぶステップとを含むステーキの提供方法を実施するステーキの提供システムであって、
(F) 上記お客様を案内したテーブル番号が記載された札と、上記お客様の要望に応じてカットした肉を計量する計量機と、上記お客様の要望に応じてカットした肉を他のお客様のものと区別する印しとを備えることを特徴とする、ステーキの提供システム。

 動画でもご覧いただいたように、「いきなり!ステーキ」の店舗では、来店者は肉がカットされる様子を間近で見ることで、美味しく焼かれたステーキを食べる様子を想起します。つまり、「ステーキが焼きあがるまでの待ち時間をより楽しみなものにする」という新しい顧客体験を生み出しました。

 このとき、量り売りでステーキを提供するため、焼き上げられたステーキを見ただけでは、店舗スタッフはどのステーキがどの顧客のものか、一見して区別することが難しくなってしまいます。そこで、注文時にテーブル番号を顧客から受け取り、ステーキがどの顧客のものかを区別するための印を付けることにしました。

 このように新しい顧客体験を生み出しつつ、店舗のスタッフのオペレーションも発案したのがいきなりステーキのビジネスモデル特許の強みです。「注文時に目の前で肉をカットすることで待ち時間をより楽しみなものにする」という新しい顧客体験を提供し、その際に生まれる「カットした肉と顧客の紐づけが出来ない」という課題に対して、「テーブル番号と印を使って顧客を区別する」という解決手段を生み出しました。

 顧客体験(UX)とビジネスモデルを考慮して取得された「いきなり!ステーキ」特許は従来の飲食業界にはない画期的なものでした。

登録後に権利範囲が縮小した「いきなり!ステーキ」特許と
それに合わせた競合の動き

 2016年に登録となった本特許ですが、実は権利成立後に特許の有効性に対する異議申立を他者から受けて、権利範囲を縮小しています。そして、そのタイミングに合わせて、「ステーキのあさくま」を提供しているあさくま社が新業態「やっぱりあさくま」を開始しています。

 ここに、特許登録から「やっぱりあさくま」1号店オープンまでのタイムラインを下記に示します。

2016年7月6日:特許掲載公報の発行
2016年8月2日:いきなりステーキによる特許取得に関するプレスリリース、100店舗目オープン
2016年11月24日:「いきなり!ステーキ」特許への異議申立
2017年12月12日:権利範囲の縮小が確定
2017年12月15日:「やっぱりあさくま」プレスリリース
201年1月15日:「やっぱりあさくま」1号店がオープン

 「やっぱりあさくま」について、あさくま社をグループ会社として保有するテンポスホールディングス代表取締役社長の森下篤史氏は下記のように述べています。

「『いきなり!ステーキ』が店数を増やしていた3年前に、うちでもそろそろまねてみようか、という発想が持ち上がった。しかし、当時の勢いは一過性のものなのか、文化として定着するものなのか分からなかった。その後2年が過ぎて向こうは勢いを増している。そこで『これならいける』と判断して、工夫や改善を一切しないで、ひたすらまねて今回のオープンにこぎつけた」

http://shogyokai.jp/articles/-/373?page=2 より引用

 要約すると「同業態に成長性があるか3年前から様子を見ていたが、行けると判断して2018年1月に事業を開始した」ということですが、「やっぱりあさくま」のプレスリリースが権利範囲の縮小が確定した直後に出されていることからすると、事業に参入するうえでの障壁を取り除こうと、準備を進めていたと考えられます。

 この時点で「いきなり!ステーキ」の権利範囲が「カットした肉を計量する計量器が、肉の量とテーブル番号を記載したシールを印刷する」といった具体的な内容に限定されることが確定しており(特許登録時点では肉の量と顧客、テーブル番号を紐づける方法が限定されていなかった)、特許の回避が十分可能と判断したのではないでしょうか。

 また、「やっぱりあさくま」がオープンした後、大手外食チェーン各社がこぞって類似の立ち食いステーキ業態の店舗をオープンしました。「アッ!そうだステーキ」(3月)、「カミナリステーキ」(5月)、「やっぱ!ステーキや」(9月)と立て続けに新規参入が行われており、同特許が同業態への参入障壁となっていた可能性は極めて高いと考えられます。

当時の飲食業界に漂っていた
「商標権による保護の限界」という空気

 飲食店や小売店といった業態では、商標権で他社参入を抑制する方法が一般的です。では、なぜペッパーフードサービス社は(商標に加えて)特許権の取得を目指したのでしょうか。そこには「商標権による保護の限界」が関係しています。

 当時、「鳥貴族」が従来の焼鳥屋とは異なるターゲット顧客層に向けて店舗展開をすることに成功しており、2013年中には350店舗を突破していました。これに対し、類似の業態である「鳥二郎」が2014年4月に1号店を開店、9月には「鳥二郎」の商標を取得しました。鳥貴族が「鳥二郎」の商標に対して異議申し立てを行ったものの、その商標登録は維持されています。

 また、俺の株式会社が「俺のフレンチ」1号店を2012年にオープン。同業態の成功を受けて、2013年には同社が「俺の焼肉」「俺の割烹」など関連業態の商標を出願する一方で、「俺のカレー屋」「俺の串かつ屋」(モンテローザ)、「俺のモンブラン」「俺のティラミス」(ファミリーマート)、「俺のポテサラ」(キューピー)など飲食業界の他社が「俺の」を含む商標を多数出願するようになりました。

 飲食業界において成功している業態やネーミングに対して他社が寄せてくることはよくありますが、商標法としては類似しないとされる(=既存商標で排除されない)範囲で他社がネーミングを採用する傾向にあります。「いきなり!ステーキ」の特許出願が行われた2014年6月当時は、このような状況に対して商標権だけでは対策に限界があるという空気が流れている時期であったと言えます。

「いきなり!ステーキ」は特許で競合参入を1年以上防いだ好事例

 ペッパーフードサービス社は、2016年8月2日の100店舗目のオープンに合わせて特許登録のプレスリリースを行いました。これは、需要者向けのアピールを行うとともに、よりインパクトのある形で特許の存在を周知させ、他社を牽制することを狙ったと考えられます。

 狙い通り、あさくま社をはじめとする他社は2017年12月に権利範囲の縮小が確定するまで新規参入を控えていました。そして、その期間中に「いきなり!ステーキ」は店舗数を約2倍(2017年末時点で188店舗)に拡大しています。

 「いきなり!ステーキ」は事業の拡大時期に、需要者向けには「人気店である」ことをアピールしつつ、業界他社には特許取得を効果的にアピールし、競合が参入できない状況を1年以上作り出すことに成功しました。特許の取得が事業の成長に大きく貢献した好事例のひとつと言えるのではないでしょうか。

 IT・スタートアップ企業は、特許取得自体をプレスリリースすることがよくありますが、単に特許が取得できたタイミングでプレスリリースをするのではなく、節目のタイミングにあわせてアピールすることで、よりブランディングがうまくいく可能性があると言えそうです。

 なお、今回取り上げた「いきなり!ステーキ」の特許は、2017年12月に一度取り消され、2018年12月に復活しています(権利範囲は異議申立の過程で縮小)。「どんなものなら特許の対象となるか」を論点として争われたもので、日々新しいビジネスモデルが生まれるITビジネスに関わる特許取得とも深い関わりがあると言えるでしょう。異議申し立ての一連の経緯について詳しく知りたい方は下記記事などご参照ください。
「ステーキの提供システム」は特許法上の発明に該当しないとした特許庁の決定を、知財高裁が取り消した判決について

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著者紹介:IPTech特許業務法人

著者近影 安高史朗

2018年設立。IT系/スタートアップに特化した新しい特許事務所。(代表弁理士安高史朗)
(執筆:佐竹星爾弁理士)

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