ランバ・ラルが居ない時代に
―― ああ……。
福井 10年後はよりよい社会になっていると言う大人はほとんどいない。そんな世の中で明るく生きろと言ったって無理だと思います。
―― 私は福井さんと同世代ですが、私たちが子どもの頃は「明日はもっと良い日だ」と思えるようなメッセージが世の中にあった気がします。今の時代との差は何なのでしょうね……。
福井 単純です。僕らの時代は、子どもが増えていたから。特に我々ぐらいの世代というのは、この先人類は発展していく、その弊害で公害とか大変なことも起きるかもしれないけど、それはマンパワーによって解決できるだろう――そんな未来の展望がありました。
でも今は、人口は減る一方で老人の数だけが増していく……となったら、良い未来は何一つ浮かばないですよね。どんどん人が減って、人が住まない土地も増えていって、むしろ自然に戻っていく可能性があります、みたいな。そうなるそこにあるのはセピア色の世界です。
だから、そもそも考えを変えて、今とは別のところに新たな希望や未来の形を見い出さなくちゃいけないなと思うんです。
―― 希望は人口増ではなく別のところにあると。作品では、どのようなところで示しましたか?
福井 組織と人の描き方に反映しました。
『UC』は、寄らば大樹の陰という論理はとっくに崩壊している時代に作られた作品なので、バナージは1つの組織に留まらず、あっちこっちに行くんですよね。短期契約社員として連邦に行ったり、ネオジオンに行ったり、結局どっちでもない新しいものを起業してみたり(笑)
今の若い人は、組織への帰属意識が希薄です。自分のキャリアのことは良く考えていますけど、その方法が、昔の僕たちの時代みたいに血を吐いてでもこの組織の中で何かしないといけない、とは思っていない。そして組織もその一生懸命さに応えられない状態であると。
ここでの居場所をなくしたら俺はどこにも行くところがなくなっちゃうみたいな切迫感はあまりないですよね。それはむしろ人としては健康的なのかなと思います。
それこそガンダムの話でいうと、最初のアムロは“大人社会”に放り込まれて一人前になっていく話だったでしょう。でも今は、規定路線をたどって大人になっても、10年後はろくな未来が待ってないと周囲の大人たちを見てわかっている。となったら、若者は誰もその道をたどろうとは思わないですよね。
……ファーストガンダムにランバ・ラル*っていたじゃないですか。僕らぐらいの世代は、あの人にあこがれを抱きますよね。その理由は、あんな大人、もう居ないからです。
*『機動戦士ガンダム』に登場した、ゲリラ戦を得意とする職業軍人。主人公アムロとガンダムに立ちはだかる名敵役としてファンの心に残る。
「一匹狼」のランバ・ラルと「ブレまくる」ジンネマン。
そして今の理想は「共存する」イアゴ隊長だ
福井 ランバ・ラルのような「組織の中の一匹狼」の存在を、今の時代は許してくれません。今、組織の中で一匹狼をしていたら、すぐに「組織を出て起業してください」と言われてしまう。1つの会社で終身雇用するという観念が1990年代に壊れてから、そこは明らかに違っていると思います。
ランバ・ラルみたいな人は高度成長時代に憧れられた大人像であり、我々ぐらいの世代には、こうなりたかったなというシンパシーがある。そういう意味で、本当に迎えたかった未来の形はひょっとしたらあの人なのかもしれないなと思います。でもいなかった。僕らが求めた亡霊のような大人像だったところはありますよね。
―― ランバ・ラルは居なかった。それがわかってしまった今の時代、どのような大人像が作品にとって有効だと思われましたか?
福井 『UC』で登場した特務部隊の隊長であるジンネマンに象徴しています。風貌とか言動から、最初はランバ・ラル的な立ち位置で主人公を引っ張っていくのかなーと思いきや、大人だけど行動はブレブレです。最後はむしろ主人公に教えられているという。
―― 大人でも、ブレブレなんですね。
福井 『NT』は、『UC』で入ってきてくれた若い人たちに向けても作っていますが、若い人には、「辛いことがいろいろあると思うけれど、生きているってのはそう悪いことでもないんじゃないかな」という感じが伝わるといいなと思います。
そして、もっと上の世代の人には、「今の若い子というのは組織とは分断されて生きているよ。そもそも価値観が噛み合わないんだよ」ということを描きました。
『NT』の主人公ヨナも、連邦軍という大きな組織に属していますけど、組織の中でキャリアを上げようとか考えていません。『NT』に出てくる若者は自己実現のためにしか動いていない。それが現代の若者だと思うからです。
ヨナの上司で、イアゴ隊長というフェネクスを追跡するモビルスーツ隊の隊長が出てきますが、ヨナのことを「現代っ子なんだよね」と受け止めている。隊長さんは軍隊の中で「一人前になる」という人生を一生懸命やってきたけど、ヨナたちにはそんな意識はまるでありません。
―― 若い世代とは価値観が違うということを明確にした上で、私たち大人はどんなふうになっていけば良いと作品を通して描きましたか?
福井 若い子に「一人前になれ」と言うのではなく、「お互い協力して発想の仕方とかを変えてかなきゃいけないね」というふうに、価値観が違う者同士でも協力して共存していくことで世の中は少しずつ変わっていくよ、ということですね。