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医学部入試における女性差別

2018年12月25日 09時00分更新

文● 池内 了 編集● 盛田 諒(Ryo Morita)

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●面接について

 ほとんどの医学部では入試に面接を課しているようだが、それは知識の量や内容の把握の程度を知るとともに、医師にはコミュニケーション能力が必要であることを認めているからであろう。ペーパーテストではわからないからである。その点は理解できるとしても、面接結果を点数化して学力試験の点数に加味することには問題があると思う。

 面接に当たった試験官の恣意的な(あるいは独断的な)判断が入り込むからである。平均とは大きくはずれている点数が出されても、「自分はこういう印象であった」と試験委員に強調されたら文句を言えない。もっと悪質なのが、女子を排除することを大学としての暗黙の了解事項として面接をして、女子には答えるのが困難な問いかけをしたり、面接点を適当に操作したりすることで、これにより合法的に女子を排除することが可能になる。

 順天堂大学では、女子の方が男子よりコミュニケーション能力が高いことを認めており、それを医師としての適切な資質だととらえず、試験委員である自分たちは口先だけでだまされているのかもしれないから減点しておこう、ということにしたのだろうか。なんだか実に頼りない話である。面接によって学力試験では測れない能力を探ろうとしているなら、コミュニケーション能力がマイナスに働くはずはないからである。

 では、なんのために面接という手間がかかることに時間を割いているのだろうか。ゲスの勘ぐりをすれば、面接の際に受験生に権威を示しておき、入学後生意気にならないようあらかじめ威圧しておくためとしか考えられない。

 私は、大学入試は原則的にはペーパーテストに限り、これまでの知識の蓄積や理解力を問うだけでよいと思う。といって、面接を無下に否定するわけではない(特に大学院入試においては、研究能力を確かめるためには面接も必要だと思う)。

 しかし、その結果はあくまで参考とし、まず学力試験で判定し、合否の境にいて同一点で並ぶ場合には、面接結果を参考にして合否判定のための材料とする。面接点はA、B、Cくらいのランク分けで判別し、Aが多い受験生を合格とする、というような使い方でよいのではないかと思う。試験委員個人の恣意的な判断が入り込まないようにするのも、入試の公明正大さを保証する重要な要件であるからだ。



著者──池内 了(いけうち さとる)

総合研究大学院大学名誉教授。1944年、兵庫県生まれ。専門は宇宙論・宇宙物理学、科学と社会。著書に『科学の考え方・学び方』『疑似科学入門』『科学を読む愉しみ』『科学者と戦争』『科学者と軍事研究』など。

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