いま、スポーツ界では「ビッグデータ」を活用し、各種データを解析することでチームや選手の強化を目指す動きが普及しつつある。しかし、こうしたビッグデータはチームや選手だけでなく、観客動員にも役立てている。
ドイツ・ブンデスリーガに属する「ボルシア・ドルトムント」は欧州の国内リーグ1試合平均観客動員数ランキングで1位(7万9712人)を記録した。ドルトムントと言えば、日本代表MF香川真司が所属するクラブだ。ドイツ・ブンデスリーガには「バイエルン・ミュンヘン」や「ホッフェンハイム」など、名だたる名門クラブが属しているが、ドルトムントが観客動員数で圧倒的な数値を記録したのはビッグデータの活用が背景にあったからだ。
おもに企業向け業務用ソフトウェアの開発と提供を行ない、特にERP(Enterprise Resource Planning)分野では、世界トップのシェアを誇るSAP。全世界に約9万人の従業員を抱え、ドイツのヴァルドルフに本社を置くこの巨大ソフトウェア企業は、近年ではスポーツビジネスへの進出も目立ってきた。
ERPによるビジネス戦略をスポーツ現場に応用
「ERP(業務を支援する基幹系情報システム)を始めとする業務用ソフトウェアのイメージが強いSAPですが、ここ7年、8年で変化しています。これまでは、財務会計や人事、サプライチェーンなど、ビジネスを効率的に動かす“Run”の領域を中心に事業を進めてきましたが、最新のテクノロジーによって新しいビジネスを生み出していく“Win”の領域についても取り組みを始めています。スポーツビジネスへの進出は、その先進性の取り組みをプロモーションする事例のひとつになっています」
こう話すのは、SAPジャパン株式会社 イノベーションオフィス(スポーツ産業向けマーケティング支援担当)の濱本秋紀部長。濱本氏によると、SAPがスポーツビジネスで提供している機能は、“TEAM”と“FAN”と“OPERATIONS”という3つの領域に分類できるという。
TEAMは文字通り、各種センサーや映像解析などのテクノロジーを駆使して、チームや選手の強化を目指す領域だ。また、FANはマーケティングによってクラブとファンとのエンゲージメント(結びつき)を強め、チケットやグッズなどの販売を増加させていく領域。そして、OPERATIONSは、一般的な企業と同じく財務会計や人事といった事業の部分を効率的に回していく領域となる。濱本氏は「SAPの強みは、これら3領域の機能をすべて網羅して、1社で提供できるところ。世界でも、これができる企業は数少ない」と説明する。
濱本氏がSAPジャパンで担当しているのは、FANとOPERATIONSの領域だ。スポーツビジネスにおいては、アリーナやスタジアムなどの競技会場が必要な点に特殊性があるものの、基本的にこの2領域は小売業やコンシューマー向け製品の製造業などと変わらない。そのため、クラブに対しては、スポーツ専門のソフトウェアではなく、他業種の企業でも使われている業務用ソフトウェアを組み合わせて提供しているそうだ。
ファンとのエンゲージメント強化にソリューションを活用
現在、あらゆるスポーツのクラブが重視し始めている領域は、ファンとのエンゲージメントを強めることだろう。SAPでいうところのFANの領域だが、濱本氏は「データを使ってファンを理解する」ことが必須になっていると強調する。
「クラブが抱えるフロントスタッフは、たとえばJ1クラブでも20〜30人程度ですが、この少人数で数万人規模のファンと相対する必要があります。この困難なミッションを遂行するには、ファンがどういう属性の人たちで、何を望んでいるのかをデータを使って読み解いていくことが不可欠なのです。SAPでは、ファンにチケットを購入してもらうところを入り口にしてさまざまなデータの接点をつくり、ファンを理解するための仕組みをクラブに提供しています」(濱本氏)
具体的には、ソーシャルログインやチケット販売のシステム、グッズなどを販売するEC(電子商取引)プラットフォームのほか、競技会場の入場ゲートからファンの属性データを取得したり会場内の飲食や物販のPOSデータを集約するソリューションなどだ。つまり、ファンとクラブとのあらゆるデジタル接点からデータを収集し、ファンの統合データベースを構築していく仕組みを提供しているわけだ。さらに、データベースを構築した後の分析によってセグメント化されたファンに対して、最適なチャネルを使ってアプローチするためのソリューションも用意されている。
ただ、この仕組みが日本国内でもそのまま使えるかというと、そうでもないようだ。濱本氏によると、日本国内のプロスポーツクラブで「誰がチケットを購入したか」を完全に把握するのはまだむずかしいとのことで、「いかにSAPのソリューションがあっても、属性が掴めないファンのエンゲージメントを高めるのは難しい」(濱本氏)という現状だ。
ただJリーグは「J.LEAGUE ID」という共通のIDシステムを導入するなど、情報サービスの活用、促進を見据えた動きはある。ファンビジネスという点では、スタジアムのスマート化など、キャッシュレスや情報サービスの構築に活用の余地は見え始めてはいる。