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プロスポーツを支えるデジタルの力、ファンコミュニケーション、経営、パフォーマンス管理まで

「戦いはピッチだけではない」Bミュンヘンが自社でITチームを抱える理由

2023年08月18日 08時00分更新

文● 末岡洋子 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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 サッカーのドイツ・ブンデスリーガで昨シーズンの王者となり、年間に6億5360万ユーロ(およそ1040億円)を売り上げる※注FCバイエルン・ミュンヘン(Bミュンヘン)。同チームにとって、世界中のファンとのコミュニケーション、経営の効率化、そしてチームパフォーマンスを支える「デジタル」の力は不可欠だ。

※注:デロイト「Deloitte Football Money League 2023」による。

 7月末、チームの試合に合わせて来日したバイエルン・ミュンヘンのメディア・コミュニケーション ダイレクター、シュテファン・メネリッヒ氏は、現在のスポーツビジネスにおける「デジタルの重要性」について語った。

FCバイエルン・ミュンヘン メディア・コミュニケーション ダイレクターのシュテファン・メネリッヒ氏

ファンとの“デジタルタッチポイント”は月間10億回

 サッカーは大金が動くプロスポーツだ。有名選手には数億ユーロ規模の移籍金が支払われ、数万人収容のスタジアムは満員になり、ユニフォームにロゴを載せるスポンサー料も巨額である。

 バイエルン・ミュンヘンもそんなビッグクラブの1つである。たとえば先日明らかになったハリー・ケーン選手のバイエルン・ミュンヘンへの移籍金は、1億ユーロ近いとも報じられている。

 また、7月26日に東京の国立競技場で行われたマンチェスター・シティFCとの試合には、世界トップレベルのプレイを見ようと6万5000人以上のサッカーファンが詰めかけ、国立競技場におけるサッカー観客動員数の最高記録をあっさりと塗り替えた。なお、Deloitteの調査によると、2022年の売り上げはマンチェスター・シティが7億3100万ユーロでトップ、バイエルンの6億5360万ユーロは6位だ。

 123年前の1900年に創立されたバイエルン・ミュンヘンのメディア戦略は、時代とともに変化してきた。1998年のWebサイト開設でデジタルメディアに進出し、その後はYouTube、モバイルアプリ、ソーシャルメディアなどにも展開の幅を広げた。現在、ソーシャルメディアのフォロワー数は合計で1億3000~1億4000万人を数え、Webサイトやソーシャルメディアを通じたファンとの“デジタルタッチポイント”は毎月10億回に及ぶ。「つまり、ファンにリーチできるチャンスが毎月10億回ある」(メネリッヒ氏)。

 ソーシャルメディア戦略は簡単ではないという。多くのファンが集まっているソーシャルメディアプラットフォームを選んで展開する必要があるが、「最初に展開したプラットフォームは、すでに存在しない」(メネリッヒ氏)。また、ちょっとしたメッセージが大きな反響を生んだり“炎上”につながったりすることがあるため、常に適切なタイミング、適切なコミュニケーションが求められる。メネリッヒ氏は、こうしたコミュニケーションは「毎日の積み重ねだ」という。

 バイエルン・ミュンヘンではそのほか、ニュースレターやポッドキャスト、TVチャンネルといったメディアも展開している。映像担当チームだけで40人のスタッフを抱え、7月の来日時には30人ものスタッフがビデオコンテンツ制作のために帯同した。現在では「スポンサー売上高の35%をデジタルメディアに投じている」とメネリッヒ氏は明かした。

52ものシステムに分散していたデータを統合、すぐれたファン体験につなげる

 こうしたデジタル戦略を支えるのが「テクノロジー」だ。そして、その重要性は増しているとメネリッヒ氏は強調する。

 試合の映像を使用したりロッカールームの選手を映像に収めるような「権利とアクセス」、マーケティングやコンテンツ制作に携わるスタッフの「コミュニケーションスキル」といったものは、以前から変わらず重要だ。ただし、この2つに加えて「テックが重要だ」とメネリッヒ氏は断言する。

 バイエルン・ミュンヘンでは2016年に自社データセンターを構築し、デジタルインフラを所有するようになった。た。「サプライヤーに依存するのでなく、自分たちの手中にデジタルの土台を持っておきたい」と、メネリッヒ氏はその狙いを説明する。

 デジタル活用の分野でバイエルン・ミュンヘンと組むのがSAPだ。両社の関係は2000年にさかのぼるが、2014年からはテクノロジーパートナーとしてその関係をさらに密にした。現在、同社のバックエンドシステムは「SAP S/4HANA」、キャンペーン管理やファン体験管理ではクラウドマーケティングツールの「SAP Emarsys」などを利用しているという。

 SAPのグローバルスポンサーシップ シニアダイレクター、マティアス・ウェーバー氏によると、2014年にSAPがテクノロジーパートナーとなった段階で、顧客データは52ものシステムに分散していたという。これらを1つの中央システムに統合し、データの重複をなくして効率性を改善するとともに、顧客データを活用しやすい環境を構築している。

SAP グローバルスポンサーシップ シニアダイレクターのマティアス・ウェーバー氏(左)と、メネリッヒ氏

 現在、バイエルン・ミュンヘンのS/4 HANAには、“ゴールデンファンレコード”と呼ばれる800万件ものファンやメンバーのデータが蓄積されており、個々人のデータには160もの属性が付与されている。たとえば「どの選手のファンか」「シーズンチケットを購入しているか」「スタジアムに最後に来たのはいつか」「ユニフォームを購入したのはいつか」「子ども向けプログラムに入っているか」といった情報を把握しており、それに合わせたチームからのファン向けオファーを誕生日に贈るなど、ファンサービスのパーソナライズを図っている。

 そのほかにも、スタジアムや博物館のチケット販売管理「SAP Event Ticketing」、POCソリューションの「SAP Customer Checkout」などを導入して、ファン体験を実現しているという。スタジアム体験を向上させるために、フードやドリンクのモバイルオーダーやデリバリーサービスも導入した。

 チームの経営や運営、プレイヤー/チームのパフォーマンス管理にもSAPソリューションが活用されている。

 たとえば人事管理だ。バイエルン・ミュンヘンでは、本拠地ミュンヘンのほか米国、中国などにオフィスを構えており、合計1000人の社員が勤務する。グローバルな人事管理の一元化を実現するために、ここでは「SAP SuccessFactors」を活用している。

 プレイヤー/チームのパフォーマンス管理では「SAP Sports One」を使って、トレーニング、プランニング、スカウティング、試合準備、試合分析などを行う。Sports OneはSAPが2015年から提供するスポーツ向けソリューションで、バイエルン・ミュンヘンも共同開発パートナーの1社だ。現在は18カ国/80以上のチームが導入している。なお、バイエルン・ミュンヘンは女子チームでもSports Oneを採用しており、昨シーズンの女子ブンデスリーガ優勝に貢献した。

IT/デジタルチームを自社で抱え「デジタルでの戦い」に挑む

 メネリッヒ氏は、バイエルン・ミュンヘンには世界中に1000万人ものファンがいるため、膨大な量のデータが収集できると語る。「われわれのようにコミュニケーション部門が大きくなると、自分たちでテクノロジーを持つことが重要になる」(メネリッヒ氏)。

 2016以前はWebサイトの構築と運用を外部エージェンシーに任せていたが、バナーの変更作業だけでも数週間かかり、費用も発生する。「柔軟性を得る」ために自社で技術チームを持つことに。「われわれはサッカークラブであって、テック企業ではない。だが、自分たちのITインフラには自分たちで責任を持ちたい」。

 そのような背景から作り上げたチームは、現在IT部門で約60人、デジタル部門に約40人の合計100人がいる。「テクノロジーの知識を社内に蓄積し、外部に依存しなくていいようにする必要がある。そこでは、強いパートナーが重要な役割を果たす」とメネリッヒ氏は続けた。

 「戦っているのはピッチだけではない。素晴らしいコンテンツ、素晴らしいスタッフ――。ビッグクラブはどこも、しのぎを削っている。戦いはデジタルでも繰り広げられている」(メネリッヒ氏)。

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