ベンチャー等を通じイノベーションを起こす支援人材の、自律的なコミュニティ形成を目指す協議会が設立
日本が有しているさまざまな科学技術シーズを、ベンチャー等を通じて社会実装していくうえで、そのイノベーションに関わる支援人材が、官民の垣根なくコラボレーションしていくための自律的なコミュニティ形成を目指し、内閣府特命担当大臣(科学技術政策)のイニシアティブ(注:主導、発案の意)によって立ち上げられた『サイエンス&イノベーション・インテグレーション(S&II)協議会』。2017年7月27日(木)に、その設立発表会と記念シンポジウムが開催された。会場の政策研究大学院大学(東京・六本木)の想海樓ホールは、関係府省、産業・経済界からの多数の出席者で満員となり、注目度の高さがうかがわれた。
冒頭の鶴保庸介内閣府特命担当大臣(科学技術政策、開催当時)の挨拶によると、サイエンス&イノベーション・インテグレーション協議会(以下、S&II協議会)は、「我が国にはすぐれた科学技術シーズが無数にあるにもかかわらず、新技術がベンチャー等によって社会実装されにくい状況が長年指摘されてきた。この課題に対して、どのような手立てを講ずればよいのか」との議論を重ねるなかで設立されたという。
S&II協議会設立の趣旨と目的は、以下の3点となる。
趣旨と目的1:人的コミュニティの結成
オープンイノベーションやベンチャー支援等の分野で活躍する支援人材[コーディネーター、メンター、プロジェクト・マネージャー、URA(リサーチ・アドミニストレーター)等]の自律的なコミュニティづくりを提唱し、そのコミュニティの母体となっていく。
趣旨と目的2:関係事業の見える化等による橋渡し効果の拡大
支援人材が、それぞれ事業の壁を越えてネットワーキングやノウハウを共有、技術シーズの自在な橋渡しを自律的・活発に行うコミュニティを作ることによって、産官が実施するマッチング事業を俯瞰し、個々の事業の特徴を可視化・共有化することを目指す。
趣旨と目的3:政策・提言の検討提示
組織としては、研究開発事業、オープンイノベーション、ベンチャー支援事業等に携わる産官学の関係者からなる会員でS&II協議会は構成される(趣旨に賛同する産業界・行政機関等から個人、団体レベルで広く会員を募集、会費はない)。
協議会におけるコラボレーションのイメージは、次の図のようになっている。
技術力あるベンチャー育成には、状況課題に適宜対応し、持続的に当事者を支援することが不可欠
この活動の背景にある問題点には何があるのか、そこを簡潔に理解するには、進藤秀夫内閣府大臣官房審議官が提示した「課題」を見るのがよいだろう。協議会の設立準備にあたっては、100を超える関係者、関係省庁、機関への聞き取りを行ったという。そこから多様で多数の検討課題が出てきたが、そのうち代表的な課題は次のようなものだった。
課題1:新技術を社会実装する担い手の問題
「そもそも起業に向かう人材が不足。起業教育が不十分」
「まずは成功例を増やす必要あり」
「失敗してもやり直せる環境づくりが重要」
課題2:ベンチャー等について発展段階ごとに生じる課題
<シード、アーリー期>
「日本の大学にはすぐれた技術がたくさんあるが、研究者と事業家のチームアップが必要」
「自分の技術を手放さない研究者が多く、事業化の柔軟性を欠く」
「役所の補助金漬けになっているベンチャー企業が少なくない」
「短期的な収益が期待できそうなIT系ベンチャー企業にしか関心を示さないVC(ベンチャーキャピタル)が多い」
<ミドル、レイター期>
「プロジェクトマネージャー人材を研究開発から新事業開発までの各段階を支援できるように育成し、広く連携させるべき」
「研究開発に時間を要するミドル、レイター期のベンチャー企業に投資してくれるVCが少ない」
「“上から目線” の大企業が多いことや、第三者のフォローがないベンチャーとの単純なマッチングが、うまくいかないことの主因の1つ」
「メンターやアクセラレーターには、自身がプレイヤーとしてリスクを取った経験が不可欠」
課題3:その他環境に係わる課題
「人材のコミュニティ作りは、基本的に民間ベースで自然発生的に進むよう仕向けるべき」
「北海道や沖縄等、地方大学発ベンチャーにもっと光をあてて欲しい」
ベンチャー企業の育成には、人材と教育、広い連携、支援の持続、発展段階ごとの対応変化、地方発ベンチャーへの目配りといったところが求められているのがわかる。そうした諸問題に対して人・モノ・金などの各側面から、柔軟で活発に対処を講じていくために、支援人材たちが自発的に連携・協調することによる機能的なエコシステムの構築が待望されている。こうした課題を一歩ずつ解決していくためのスタートラインとして、S&II協議会は設立されたとも言える。
この設立総会と記念シンポジウムは、ベンチャー支援等を通じてイノベーションを志す当事者や関係者が、実際に対面して交流をする絶好の機会であるため、第1部『設立発表会』、第2部『記念シンポジウム』、第3部『ネットワーキング交流会』と、参加者同士の交流に重点が置かれたのも特徴だった。会場では、交流ツールとして、参加者の質問や意見が集積されるチャットサービス『sli.do』が活用され、今後のS&II協議会の情報提供や意見交換にはマイクロブログ型サービス『マストドン』(S&II Mastodon)が活用されていくことも発表された。
物理的な支援だけでも、過去に生じた課題や失敗の共有だけでも、技術を活かしたイノベーションをベンチャー等を通じて社会実装することは困難である。突き抜けた成功事例が生まれるためには、長期間に渡って取組みを支援していく人材が地道に課題を克服し続け、当事者同士が人的に共有・連携し合うことで、リスクを取りながらも挑戦を続けていく営みが不可欠であると言えよう。この点において、口先だけの「イノベーションを起こす仕掛けを作る」という言葉へ逃げず、技術革新を地道に押し上げていくべく設立されたS&II協議会の今後に、是非注目したい。
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