事例に厚みが増したAWS Summit 2017レポート 第6回
Amazon Dash/DRS、Alexa、Roboticsなどの開発思想を披露
日本の聴衆を戦慄させたAmazonの3つのイノベーション
2017年06月09日 07時00分更新
6月2日、AWS Summit 2017の最終日に行なわれた基調講演では、Amazon Dash/DRS、Amazon Alexa、Amazon Roboticsの3つのイノベーションについての講演が行なわれた。AI、IoT、ロボットの実用化までいち早くこぎ着け、すでに多くの知見を溜めつつあるAmazonのスピードと革新性、実行能力は、会場の多くの聴衆を戦慄させたに違いない。
イノベーションを重ねてきたことが今日の成長を作った
AIと脳の関係について熱く講演した脳科学者の茂木健一郎氏の後に登場したアマゾン ウェブサービス ジャパン 代表取締役社長 長崎忠雄氏は、Amazonの成長を支えてきたイノベーションの歴史について振り返る。長崎氏はジェフ・ベソスCEOが紙ナプキンに描いたというビジネスモデルをひもとき、顧客体験とエコシステムの重要さを強調。AWSもAmazonと同じモデルで、イノベーションを重ねてきたことが今日の成長をもたらしたとアピールした。
こうしたイノベーションはAmazonの社員一人一人のアイデアで具体化していくという。よく知られていることだが、Amazonでサービスを立ち上げたいユーザーはまずプレスリリースを書き、技術者が作りたいものではなく、そのサービスが顧客にどのようなインパクトを与えるかを検討するところからスタートする。その後、同社の「Two Pizza Rule」に基づき、少数精鋭のチームを組んでサービスを立ち上げる。「役職が上であろうが、社歴が長かろうが、誰かの意見を尊重し、チャレンジする文化がAmazonにはある」と長崎氏は語る。
優れたIoTには使用者の行動や体験への洞察がある(Amazon Dash/DRS)
こうしたイントロを経て、最初に登壇したのはAmazon Dash/DRS(Dash Replenishment Service)を手がけるクリス・デイビス氏だ。デイビス氏は「Useful」なIoTの作り方について、AWSのサービスを絡めながら説明を行なった。
デイビス氏は、従来型のアプリケーションとIoTでは、フレームワーク自体に大きな違いがあると指摘する。たとえばクリックやタップ、スワイプといった操作体系は、IoTではトーク、チャット、プッシュ、タッチになる。同じようにモノリシックなバックエンドは動的な実行関数へ、アルゴリズムは人工知能や機械学習へ、API呼び出しはイベントドリブンに変化する。Amazonでは、こうしたパラダイムシフトを意識し、「IoTの力を使ってユーザーにとって役に立つプロダクト」を作っているという。
役立つIoT、優れたIoTという表現は、「IoTの開発自体」を目的としている多くのプロジェクトに対する強力なアンチテーゼに聞こえる。優れたIoTは、「顧客の声を聞き、学ぶ企業であること」「使うごとにスマートになる」「ユーザーを守るセキュリティを守る」「日々の活動がより簡単になる」「IoT到来前にできなかったことを可能にする」という5つのポイントによって実現されるという。
優れたIoTの背景となる消費モデルの変遷とAmazonが手がけてきた顧客体験の刷新を見ると、元来の店舗での購入がPCによるオンラインショッピングになり、端末がスマートフォンにシフトしている。そして、次はボタンを押せば商品が届くAmazon Dashのようなデバイスになり、将来的には消費者の能動的なアクションを必要としないDRSのようなゼロクリックサービスに変化していくとみている。「もっとも優れた顧客体験はそもそも買い物をしなくていいこと。優れたIoTを用いたDRSによって、ショッピング体験自体をなくせると考えている」とデイビス氏は語る。
このうちAmazon DashやDRSが優れたIoTになっているのは、消費者行動の深い洞察があるからだ。「歯磨きを換えようと思うのは、スーパーにいるときではなく、シンクで歯を磨こうと考えている瞬間だ」(デイビス氏)のように、多くの消費者は買い物の際にメモを忘れたり、買い換えようと思っていたのに忘れるといった失敗を体験する。その他、実際にトイレットペーパーが切れたり、必要だと思ったのに思いのほか買い置きがあったといったことも体験する。こうした顧客の失敗をむしろ「機会」と捉え、ユーザーに替わってイノベーションで解決する。「歯磨きの買い換えタイミングが検知できれば、お客様に替わって商品をお届けできる」というわけだ。
DRSは使用状況を検知できるインテリジェントなデバイスが必要になる。たとえば、ごみパックの使用状況を教えてくれる掃除機、トナーの使用量を検知できるプリンターのようなものだ。これらのステータスはクラウド上で確認でき、APIを介してAmazonに発注され、切れる前にユーザーの手元に製品を届ける。
昔はこうしたサービスはメーカーの閉じたシステムに依存していたが、DashもDRSもオープンなエコシステムにある。現在、さまざまなパートナーがDRS対応のデバイス開発を進めており、スマートホームはまさに近づいている。「スマートホームの市場は、IoTによってまさに押し広げられている領域だ。2021年までに6億デバイス以上がスマートホーム向けに出荷される予定となっており、大きな機会になっている」とのことで、顧客の声を聞き、使い勝手のよいサービスを作っていきたいとアピールした。
スマートホームの本命へと突き進むAmazon Alexa
「米国では各家庭にあるくらい非常に浸透してきている」(長崎氏)と紹介されたのが、音声認識技術「Amazon Alexa」だ。Alexaのエバンジェリストであるジェフ・ブランケンバーグ氏は、「Voice will be everywhere」というスライドと米国のCMを紹介し、音声インターフェイスの可能性についてアピールした。
Amazon AlexaはEchoやFireTV、対応のサードパーティ製品などに組み込まれており、自然言語をコマンドとして理解し、問い合わせに答えたり、家電やWebサービスを操作することが可能だ。AlexaはAVS(Alexa Voice Service)という音声サービスと、ASK(Alexa Skills Kit)と呼ばれるアプリケーションという2つのエコシステムから構成され、開発者は自身で機能を追加することができる。
Alexaでは聞き取った音声データがまずテキストに変換され(Speech to Text)、自然言語理解のエンジンで話者の意図を解析する。意図がわかったら、次になにがしたいのかを分析し、音声やテキストで戻すことができる。ブランケンバーグ氏は、開発に必要なリソースについて早足で説明し、言い方が異なっても最終的に同じ意図であることを見抜く必要があると開発のコツを語る。まさにイントロの部分を語り終えたブランケンバーグ氏は、午後のセッションを宣伝しつつ、開発者のヒントになるようなAlexaの利用シーンビデオを聴衆に披露して舞台を降りた。
Amazonの配送センターで活躍するロボットを支えるAWS
最後に紹介されたのが、Amazon.comの配送センター(フルフィルメントセンター)で用いられている8万台のロボットの話。Amazon Roboticsのアンディ・ポロック氏は、Amazon.comの物流拠点でロボットを用いることで、うまく、速く、大規模に商品発送を行なっている例を紹介した。
ポロック氏は物流拠点での作業をわかりやすく説明するため、まず図書館で本を借りるまでのフローについて説明する。ハリーポッターを借りる場合、カードカタログで情報を得て、二階に上がり、正しい棚を探した後、該当の本をピックアップし、受け付けで借りるというプロセスだ。これは店舗でのショッピングでも同じような体験と言える。
地元の図書館であれば、これでいいかもしれない。規模も小さいし、対象も書籍と決まっている。「でも、なんでも売っているAmazon.comではそういうわけにはいかない」(ポロック氏)。こうした課題をAmazonではイノベーションのチャレンジと捉える。「もし、自分が本を取りに行くのではなく、本が向こうからやってきてくれたら? と考えた。図書館に行って、手をかざしたら、ハリーポッターが空から振ってくると言うのが、理想の体験だろう」とポロック氏は語る。発想に制限を設けず、理想からイノベーションを発想するという、日本企業に難しいことを、彼らはいとも簡単にやり抜く。
これを実現するために必要なのがロボットだ。Amazonの配送センターの場合、オペレーターは待っているだけで、発注された商品が格納されたポッドをロボットが運んできてくれる。つまり、「在庫が自らやってきてくれる」ことになる。オペレーターはポッドから商品を取り出し、ベルトコンベアで梱包にまで回され、発送まで至る。
ポロック氏が紹介したAmazon Roboticsのロボットは、WiFi対応でさまざまなカメラを搭載し、1秒あたり1.7mの走行が可能。しかも力持ちで、「1日中1360kgを持ち上げることができる。棚ごと持ち上げなければならないからだ」(ポロック氏)という。
配送センターでの自動オペレーションを最適化するには、賢いソフトウェアが必要になる。実際の配送センターでは、オペレーターの位置や複数のロボットを動かさず、もっとも近い在庫を適切なロボットで運ぶ必要がある。それ以外にも、ロボット自体の電池があるか、一方通行でも早く着けるか、渋滞の場合はどう進むか、考えなければならないことは数多くある。しかも、実際は1000人もの「人」、1000台もの「ロボット」、1万もの「ポッド」、100万以上の「商品」があり、これらを最適化するための膨大な演算ソースはAWSから調達している。「AWSを使うことで、今まで不可能と思われることも実現できた。これからもイノベーションに対する飽くなき挑戦を続ける」と語ったポロック氏は、Amazonのフィロソフィーでもある「It's still Day 1」を掲げて、セッションを締めた。
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