VisiCalc/1-2-3/dBASE-IIと続いたところで、この頃のもう1つの代表的なソフトといえるWordStarを開発していた、MicroPro International Corporation(以下MicroPro)を紹介しよう。
スクリーンエディターWordMasterに
印刷機能を加えて誕生した「Wordstar」
MicroProは1977年9月に創業した。創業者は、その直前までIMSAI Corporationでマーケティング担当ディレクターを務めていたSeymour Rubenstein氏と、同じくIMSAIでチーフプログラマーのポジションにいたRob Barnaby氏である。正確に言えばRubenstein氏がまず創業、すぐにBarnaby氏が合流した感じだが、時期的に言えば2人がIMSAIを辞めた時期はそう違わない。
さてそのMicroProで、Barnaby氏が最初に手がけた製品が、スクリーンエディターのWordMasterと、ソートプログラムのSuperSortである。
スクリーンエディター、という概念はいまどき当たり前かと思うが、昔はエディターといえばライン単位であった。つまりある行を編集したい、と思ったらその行を呼び出し、編集して書き戻すという形だ。追加ももちろん行単位である。
MS-DOSのEDLIN(ラインエディター)を使ったことがある読者ならすぐご理解いただけようが、カーソルキーで上下左右にカーソル位置を移動させ、そこでただちに入力や編集ができる、なんて環境は当時マイコンの上にはほとんど存在しなかった。これを広く可能にした最初のものがWordMasterである。
一方のSuperSortは、MicroProの最初の顧客となったある販売店が、在庫や注文書などを作成する際に、内容をきちんと並び替えるためのプログラムだった。このSuperSortはあまり売れなかったらしいが、WordMasterの方は非常に良く売れた。
実は昔、筆者もWordMasterを使っていた時期がある。CP/Mの上で動くまともなスクリーンエディターはこれしかなかった、というのが正確かもしれない。
ちなみにWordMasterの元になったのは、Barnaby氏がIMSAI時代に開発していたNEDというものだが、SuperSortとあわせて数ヵ月でこれを完全に書き直したそうである。
もっともWordMasterにも弱点があった。それは印刷機能がないことだった。正確に言えば一応印刷機能はあったのだが、文字修飾機能やページレイアウト機能などを一切持ち合わせていなかった。
当時はこうした印刷機能は別のプログラムを利用するのが一般的で、実際当時のレビューを読むと、「WordMasterはたったの150ドル。印刷のためにDigital ResearchのTeX(75ドル)を購入しても、合計225ドルでしかない」としてるあたりが、わかりやすい。
画像の出典は、“InfoWorld 1980年12月22日号”
この弱点は、MicroProが1978年7月に2つの製品を発売し、それを同年9月にニューヨークで開催されたコンピューターショウに出展した際にディーラーから指摘されたそうだ。
WordMaster/WordStarに先んじて1976年に発売されたElectric Pencilという名前のワープロソフトは、こうした文字装飾や文書体裁を整える機能を内蔵しており、WordMasterもこれと同じようにしてほしい、と注文を受けたのだという。
この要望に応える形で、Barnaby氏が作り上げたのがWordStarである。WordStarそのものはWordMasterに機能を追加したように思われるが、実際にWordStarの中でWordMasterのコードが再利用されたのは、テキストバッファリングのアルゴリズムに関わる部分だけで、おおむね全体の10%程度だったらしい。
ソースコードは13万7000行のアセンブラで、Barnaby氏は1978年10月から作業を開始し、4ヵ月で完成させている。ちなみにこの当時のBarnaby氏の作業量を後で計算したところ、42人・年(42人のエンジニアが1年かけて作業する程度の分量)相当だったそうだ。
少し後になるが、1980年後半にEPSON Americaがハンドヘルドマシン(*1)だと思うのだが、これにWordStarの移植をリクエストしてきた時、EPSON Americaは移植に要する時間を半年程度に見積もり、Rubenstein氏はこれを(先の時間をベースに)4ヵ月と見積もった。ところが実際にはBarnaby氏は3週間で作業を終わらせたという逸話が残っている。
(*1) 文献によれば、EPSON PX-8ではないか? としているが真偽は不明。さすがにHX-20(HC-20の海外版)では画面が小さすぎる気はする。
もっともこのWordStarの開発作業はBarnaby氏には辛い(誰にとっても辛いだろう)ものであり、燃え尽き症候群におちいる。結局彼はWordStar 1.0の開発完了後に一旦開発の現場から離れアドバイザー職に退く。
その後Rubenstein氏は何度かBarnaby氏に開発の現場に戻れないか打診をし、Barnaby氏がまだ無理と断って、「では来月また話をしよう」を繰り返し、最終的にBarnaby氏は1980年3月に退職している。前述のEPSONのマシンへの移植は、退職後に時給100ドルのパートタイムとしてBarnaby氏を一時的に再雇用して行なったそうだ。
もっともBarnaby氏が打ちひしがれていたとかそういうわけではないようで、この当時は古いベンツのリムジンを、自身が運転手の格好をして乗り回すという、ちょっと珍しい素行で随分愛されており、この時期ではおそらく一番有名なプログラマーだったとされているあたり、それなりに生活は楽しんでいたようだ。

この連載の記事
-
第738回
PC
Intel 4は歩留まりを高めるためにEUVの工程を減らしている インテル CPUロードマップ -
第737回
PC
Sierra Forestの内部構造はGracemontとほぼ変わらない インテル CPUロードマップ -
第736回
PC
第6世代XeonのGranite Rapidsでは大容量L3を搭載しMCR-DIMMにも対応 インテル CPUロードマップ -
第735回
PC
Meteor Lakeはフル稼働時の消費電力が大きい可能性あり インテル CPUロードマップ -
第734回
PC
Meteor Lakeは歩留まりが50%でも月産約36万個 インテル CPUロードマップ -
第733回
PC
複数の命令をまとめて処理する基本命令セットが功を奏す RISC-Vプロセッサー遍歴 -
第732回
PC
なぜRISC-Vは急速に盛り上がったのか? RISC-Vプロセッサー遍歴 -
第731回
PC
インテルの新命令セットでついに16bitモードが廃止に -
第730回
PC
昨今のAI事情とプロセッサー事情 AIプロセッサーの昨今 -
第729回
PC
電気を利用せずにスイッチングできるGoogle TPU v4 AIプロセッサーの昨今 -
第728回
PC
2024年に提供開始となるSF3プロセスの詳細 サムスン 半導体ロードマップ - この連載の一覧へ