インタビューの仕事をしていると、記事の内容とは関係なく、そのときの自分にとってヒントとなるような言葉をいただけることがある。
この編集部にきてすこし経ったとき、「普通は話せない人と話せる機会もあるから、とにかく色んな人に会ってみるといいですよ」と言われ、なるべく人と会う機会の多い仕事を選ぶようにしていたのだが、自分の場合それが非常に楽しく、社外の様々な人物と会話をすることで、仕事の枠を超えて、生活に活かせるような考え方を学べたように思う。
などと言うと少々大げさかもしれないが、「こんなに偉い人でもそんなことを考えるんだなあ」とか、「こういう感覚は自分にはないものだなあ」という発見は毎回楽しく、インタビューという仕事は、様々な業務の中で最も好きな業務である。1時間程度のインタビューの中で、インタビュー対象者の人生観の根底のような部分にまで触れられるとも思っていないが、業界で長いあいだ活躍して来た人物の言葉には「さすが!」と思わせる何かがあることは確かだ。ここでは、筆者が担当したインタビューの中で、印象に残っていたセリフを抜粋して紹介したい。
「1つ1つゆっくりできるんなら良いんですけど、『1万字を10日で戻して欲しい』って言われても! みたいな(笑)。あまり悩んでいる暇もなく。今回のようなプロジェクトだと、デザインが『いい』『悪い』のほかに、テイストを統一していく必要がありますよね。実際に組んでみると、国によってテイストが違っちゃっているということが結構あるんです。なので、国ごとの美意識や好みも考慮に入れつつ、Source Han Sansとしての統一感を出していく、同じフォントに見える匙加減を探っていったという感じですね。もう、ちょっと抜け殻になる感じですね」
(2014年公開「源ノ角ゴシック」を実現させたアドビ西塚氏の勘と感覚より)
アドビの日本語タイポグラフィチーフタイプデザイナーの西塚氏へのインタビュー。まず、フォントのデザインが自動でできるようなものではなく、一字一字人の手によって生み出されているという点が衝撃的だった。西塚さんとは何度かお話しさせていただく機会があったが、趣味でもフォントを作ったりするなどプライベートが仕事につながっている部分もあり、私から見ると、こういうのを天職と言うのかな、と感じられたインタビューだった。
「『新しいライフスタイルの提案』もVAIOらしさだとは思います。でも、『PCの本質はどこなのか?』って考えると、ひとつはやはり王道なのかなと思います。ただ、世の中は変わっていきますので、もしかしたらスライダーが王道になることもあるかもしれない」
(2014年公開VAIO執行役員 花里氏「VAIOが始まった当時に戻った感じ」より)
VAIOの執行役員、花里氏へのVAIO設立時のインタビューで、どんな製品をリリースしていきたいですか? という質問に対して。これまで培って来たブランドがどういうものかをPCの本質に立ち返って考える発想と、予測不可能な未来に対しては柔軟にも構える姿勢がうかがえた。早いものでVAIOも今年で設立3年。企業として独立したばかりの忙しい時期に時間を割いてインタビューに応じてくださったのだが、使っているカメラに関する雑談なども挟み、始終穏やかにインタビューに応じてくださった。
「『お客様のやりたいことを提供したい』ですね。お客様は物が欲しいわけではなく、何か実現したいことがあって、物を必要としているんです。イベントなどを通して、新しいPCにすると、どう便利なのか気付いていただいたり。それを我々が提供していきたいと考えていますね」
(2015年公開お客様は物が欲しいわけではない、ドスパラ西尾社長のPC観とは)
ドスパラ代表取締役社長の西尾氏へのインタビュー。PCショップとして歴史の長いドスパラの社長ならではの視点が垣間見えた言葉で、見出しにも使った。「欲しいから買うんじゃなくて、何かやりたいことがあるから必要なんだ」という考え方は言われてみればそうなのだが、買うこと自体が目的になって頻繁に買い換えている人が多い環境にいると、忘れがちな視点である。西尾氏は物静かで、淡々と話す方だったのだが、言葉から仕事に対する熱意が溢れていた。
「そもそものはじまりは、ユーザー様に『長く使ってもらえて、なくなると困るサービス』を作ろうというところでした。使い始めたら、便利さから手放せなくなるような。それでまず、留守電が入ったことをメールで知らせてくれるというシステムを作ってみました。そうすると意外に使い勝手がよくて、『じゃあ音声認識エンジンを組み合わせて、留守電の内容をテキストで送ってくれるようにしたらどうだろう?』と作ったのが、最初のプロトタイプです。
(2016年公開声が文字になってスマホに届く。留守電が2016年になって進化したワケ)
ソースネクスト 技術戦略室 執行役員の川竹氏へのインタビュー。留守番電話の内容が文字になってテキストで通知されるという、現代ならではの製品である「スマート留守電」の成り立ちを説明してくれた。製品の生まれる過程は、それこそ製品の数だけあるのかもしれないが、「そもそもの種はどこにあるのか?」と結構しつこく突っ込んでしまった覚えがある。製品としてリリースされる前には、担当者による長い試用期間が必ずあるのだ。川竹氏はスポーツマン風の爽やかな方で、楽しそうに開発過程を話してくれたのが印象的だった。
「何十年も前のことなので、ウォズの記憶だって正確とは言い切れない部分があるかもしれないし。さらに『正確さ』について言及するなら、登場人物の心の動きや考えていたことなど誰にも分からない。この映画は事実に基づいてはいるけど、事実を制作陣なりに解釈して、その印象を描いたもの、絵画で言えば印象派のようなものなんだ」
(2013年公開「スティーブ・ジョブズ」監督はやっぱりアップルファンだった!)
最後はちょっと変り種で、映画監督のジョシュア・マイケル・スターン氏。スティーブ・ウォズニアックが映画「スティーブ・ジョブズ」をあまり気に入っていないらしい理由を訊ねたのに対する回答。記憶も性格ではないかもしれないし、人の心の動きは誰にもわからない、でも映画にはそれを解釈して、製作陣なりに表現する必要がある。そんな映画制作の苦悩と(おそらく)面白さについて語ってくれた。非常にフランクな人物だったが、質問にはかなり丁寧に答えてくれた。
※記事中の役職はすべて取材当時のもの
当初、社会人経験の長い方々の言葉から、日常の業務に役立つセリフを抜粋しよう、というコンセプトで始めた本記事だが、なかなかその通りにはいかなかったかもしれない。しかし、IT業界で活躍している方々のバイタリティーや情熱の一端は感じていただけたのではないだろうか。ここに紹介したのは自分の中でも特に印象に残っているインタビューなので、ぜひ記事の方にも目を通していただきたい。魅力的な人物の考え方に触れられるはずだ。