パブリッククラウド移行の理由は「IT部門の役割の変化」
オンプレミスから、プライベートクラウドを経て、パブリッククラウドに移行した近畿大学。プライベートクラウドをワンクッションとして置いたのは、まずは仮想化を実現し、その後仮想マシンをクラウドに移行できると考えていたからだ。しかし、実際は移行できるVMのバージョンの縛りが厳しく、ベンダー自体も推奨してこなかったことから、計画は頓挫した。この回り道は高木氏も認識しているところだ。
「プライベートクラウドへの回り道は、われながら先見の明がなかったと思います(笑)。でも、当時はAWSの実績もほとんどなかったし、セキュリティやシステム連携の観点でもまだ移行は難しかった。でも、AWSを1年間くらい運用して、行けるぞという感触が持てました。インスタンスのトラブルも微々たるものだし、ハードウェア故障もないので、基幹系も完全移行できるのでは、と考えました」(高木氏)
今回のクラウド導入も、単にコスト削減と言うより、情シスの役割が変わったからという理由が大きいという。
「昔はとにかく社内システムの運用とリプレースが仕事で、現場から言われたことを実現する組織でした。実際に現場主導でやると非効率なことも多かったけど、情シス自体も日々の仕事に忙殺されて、考える力を失っていたと思うんです。でも、情シスはIT主導で現場をよりよくする役割に変わってきています。ITを使ってどういう効果を得られるのかわれわれが考えた上で、ITを使っていくのが本来の姿なのではないかと考えています」(高木氏)
このITイニシアティブを実現すべく、情シスにとって必須なのがクラウドだ。クラウドを導入することで、日々の非生産的な業務を減らし、そこから生み出された時間とコストを持って、新しいチャレンジを進めるというのが、情シスにとってのクラウドの価値だという。基幹システムをはじめとした業務系システムの移行を担当する前川昌則氏はこう語る。
「学内にシステムを保有する意味はないし、コスト面でもメリットがあるので、クラウドを導入しない理由がない。IT部門もかなり少ない人数で大きなシステムを切り盛りしています。その点、クラウドにすればイニシャルコストも下がるし、劇的ではないにしろ、ランニングコストも下がると見込んでます。SaaSやマネージド型の方がクオリティが高いのであれば、まったく躊躇なく導入していきます」(前川氏)
実際、人事や給与、財務・会計システムに関しては、ワークスアプリケーションズのクラウド型ERP「HUE」を新規導入する。HUEは2018年の4月には一部スタート、2019年4月には本格稼働まで進めるという。
「従来使っていた人事・給与パッケージは、原型をとどめないくらいカスタマイズされていて、マイナンバーを収集する仕組みを付けるだけで、何千万円もとられるという状態でした。財務・会計システムもSIerによるフルスクラッチで、外販したけどほとんど売れないという状態。でも、どんな企業でも利用できるERPを目指しているHUEの場合、理にかなっている仕様であれば、ユーザーの要望を本体に取り込んでいくという方針。これなら大丈夫かと考えました」(前川氏)
抵抗勢力になりかねないベンダーもクラウド移行ではやっぱり必要
基幹システムのリプレースは、現場部門の反対も招きかねない。多少使いづらいとはいえ、慣れ親しんできたシステムを変えるのは、強い意志とパワーが必要になるように思える。2人はこう語る。
「今まではユーザー側が要望したものをSIerに作ってもらっていたのですが、これからはサービスにわれわれも業務をあわせていくべき。でも、現場部門は業務を換えたり、外部のシステム事業者とコミュニケーションをとっていく機会が従来少なく、本業ではない。だから、われわれのような情シスは、そこをきちんと中継ぎしていこうと考えています」(前川氏)
「正直、現場部門はクラウドに対して興味がない。とはいえ、AWS使うのはいいよねという声も一部にあったし、経営者からはデータや外に出して大丈夫か、セキュリティは大丈夫かとは言われました。ただ、逆にそれくらいしか言われていないですね」(高木氏)
一方、クラウド導入に際しての抵抗勢力になったのは、やはりベンダーだったという。今回のプロジェクトでは、既存のSIerを経由しつつ、クラウド専業のアイレット(cloudpack)がインフラの設計や構築、運用までを担当している。当然ながら、ここまで持ってくるのはかなりの苦労があった。
「SIerは得権益を守りたいので、ハードウェアを入れて、保守したくてしようがないわけですよ。で、渋々AWS導入を呑んだと思ったら、次はAWSをうちの子会社がやりますって言ってくるわけです。でも、実績がまったくないので、不安しかない(笑)。われわれも念入りに情報収集しているので、サーバーワークスさんやクラスメソッドさん、アイレット(cloudpack)さんがAWS界隈で有名なのは知っているので、そういったAWSのプロであるクラウドインテグレーター(CIer)に任せたかった。そこらへんは確かにもめたところですね」(高木氏)
とはいえ、近畿大学くらい大規模の組織が、こうしたAWS系のインテグレーターに直接すべてを任すのは現実問題としてかなり難しいという。単にサーバーを載せ替えるだけの作業ではなく、既存のSIerの協力なくしてシステム連携は実現できないからだ。
「これはいまCIerとしてサポートいただいているcloudpackの方々とも意見は一致しているのですが、システムが大きくなればなるほどSIerは必要だと思っています。なぜなら単純なインフラの入れ替えではなく、いろいろなシステムの連携がいるからです。複雑なシステム連携をCIerにお願いするのはちょっと酷な話。だから、SIerなくしてクラウドのへの移行はなかなか難しいと思っています」(高木氏)
「もう少し内製化が進んでいるような企業であればよいのですが、うちの場合、IT部門の人数が少ない中、運用などをかなりアウトソーシングしているので、移行に際してはSIerとCIerとの連携が不可欠でした。でも、第1期のグループウェア移行の際は、かなり激しくやりとりしていたようです」(前川氏)
ユーザーとしては既存のシステムを熟知しているSIerがクラウドをきちんと扱えるのがベスト。しかし、メーカー系のSIerはクラウドを推進する組織がある一方で、自社がハードウェアを開発していることもあり、まさに自己矛盾を抱えている。そのため、なかなかクラウドシフトが難しいという印象があるという。既存のSIerとCIerとの連携がエンタープライズにおけるクラウド移行では大きな鍵になってくるようだ。
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