メディアの過剰摂取で思考に不調が起こる?
ドーキンスが提唱した“ミーム”は本人の思惑以上に大きな反響を世界中で巻き起こし、“ミーム”という言葉自体がまさに稀代の“ミーム”となった。その共鳴者の一人であるイギリスの心理学者スーザン・ブラックモア女史は、「ミーム・マシーンとしての私」(上下)の中で次のように述べている。
“ミームが出現するやいなや、それはより大きな忠実性、多産性、長寿に向かっての進化を開始した。その過程で、彼らはますますよくミームをコピーしてくれるような機構をつくりだしたのだ。したがって、本、電話、ファックス機は、ミームによってその自己複製のためにつくられたのだ。”
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ドーキンスの“ミーム”の概念に触発されたイギリスの心理学者スーザン・ブラックモアによる「ミーム・マシーンとしての私」(草思社)。「利己的な遺伝子」を読んでいることを前提に書かれているが、「ミーム学」の入門書としても最適 |
これは彼女一流の誇張的かつ挑発的な言い回しであるけれども、その独特の表現にあえて乗っかれば、ソーシャルメディア、ひいてはインターネットは、“ミーム”によって要請された情報流通システム(情報感染システム!?)であるということになる。
“ミーム”はもともと優性の因子が劣性の因子を淘汰していく遺伝子のイメージから派生した概念だが、自らをいかに拡散し、複製し、繁栄させていくかという点においてはウイルスも同様である。
ウイルスが人類史の転換点において極めて重大な役割を果たしてきたという視点にもとづく有名な書物にはウィリアム・マクニールの「疫病と世界史」(上下)、おそらく同書をベースにしたであろうジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎」(上下)など。後者は1998年度のピューリッツァー賞を受賞、朝日新聞が企画した「ゼロ年代の50冊」で第1位に輝いている。ちなみに、ダイアモンドは同書の中でウイルスの特性を以下のように説明する。
もっとも強力な手段で伝播するのが、インフルエンザ、風邪、百日咳に代表されるタイプである。これらの病原菌は、感染個体に咳やくしゃみをさせ、新たな犠牲者にうつっていく。これらは、感染個体にひどい下痢を起こさせ、新しい犠牲者となる可能性のある人の、飲料水の供給源に入り込んで広まる。
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アメリカの進化生物学者ジャレド・ダイアモンドによる「銃・病原菌・鉄」(草思社)。インカ帝国滅亡の原因をスペイン人が持ち込んだ病原菌に求めるなど、世界史におけるウイルスの重要な役割を解き明かす |
「病気と情報メディアを一緒にするな」という声も聞こえてきそうだが、情報の伝播とはそもそも「感染」であり「伝染」である。
いくら一時期大流行した“バイラルメディア”が下火になろうとも、あらゆる情報は人から人へ、脳から脳へとコピーされていくわけで、そう考えると、すべてのメディアはことごとく“バイラルメディア”であると言えるのではないか?
しかも、これだけ強力な「ウイルス」的情報が大量にネット上に繁殖している昨今、受け手である私たちは相応の免疫を自身の内に構築しておかないと、しばしば脳が過度に反応し、思考が不調をきたしてしまうというところまでそっくりだ。Twitterは今年の11月からツイート数のカウント表示を廃止したが、ウイルスへの過剰反応を抑制する意味では案外正しい選択なのかもしれない。
著者紹介――高橋 幸治(たかはし こうじ)
編集者。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年まで「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに編集長/クリエイティブディレクター/メディアプロデューサーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。「エディターシップの可能性」を探求するミーティングメディア「Editors’ Lounge」主宰。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部にて非常勤講師もつとめる。
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