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ThinkPadの父・内藤在正氏に聞く、“これまでのThinkPad”と“これからの20年” 最終回

ThinkPadはなぜ日本で作られたのか(後編)

2012年12月24日 12時00分更新

文● ASCII.jp編集部、写真・構成●小林 久

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日本の社会は技術とエンジニアに対して理解がある

内藤 「もうひとつ日本の社会は技術者に対して、非常に高い理解があるという側面もあります」

遠藤 「例えばどういうところにでしょうか」

内藤 「歴史的に、儒教の国では技術者の地位はあまり高くないという話を聞きます。技術者は、高貴な方のために、ものを提供するという身分であるわけです。日本の社会は、例えば刀を作る人でもいいのですが、優れた技術を持っている人々を認めて尊敬しています。そんな話を中国人のスタッフから聞きました。

 技術を認知して尊重してくれる国というバックグラウンドがあると思うんです。だから日本の技術者は頑張る。それは認めてもらえるからなんです。日本人は努力するとか諦めないという背景には、そういう生きがいの要素が大きいと思う。これは日本ならではのような気がして。ドイツのマイスターなども近いのかもしれないですが。」

遠藤 「例えばアメリカだったら、一発当てて儲けるために何か作ろう。ビジネス誌の表紙を飾って一代成すみたいなところがあるけど。日本の製品は無名の技術者が作り上げたものが本当に多いと思うんですよ。

 電子立国などと言われる日本において、そういう技術者は外から見ると割と不遇にも見えるんだけれど、それでもがんばれる文化があるということなんですかねぇ」

内藤 「よく学校などで講演を頼まれるのですが、そんなとき日本の強みって何ですかと考える。でも何もないんです。もちろん円は強いし、恵まれている環境だけど、石油が出る訳でもない。結局残ったのはみんなでがんばる、がんばれるってことなのかなと思います。こと技術に関しては、お金以外の目的で突き詰めようとする社会的な背景がある」

遠藤 「がんばっていると。日本人ってともすると、寡黙なほうが評価される面があるじゃないですか。でも中国人やアメリカ人はそうではない説明能力に長けていることがとても重要です」

内藤 「それでは困るっていつも言っているんですけどね」

遠藤 「でもモノづくりに入っていくと、そういう側面もあるじゃないですか。モノをちゃんと作れても説明できないとダメな社会と、それを周りから評価してあげる社会って全然構図が逆ですよね。

ThinkPad X1 Carbonの塗装前の天板。後述するように国産の最高級カーボンが使われている。減ったといっても、素材・部品レベルでは日本のモノづくりはまだまだ強い

 僕ぐらいの年代だと、日本の技術って昔はそんなに大層なものじゃなかったよねって感覚があるんです。日本の技術には二面性があって、ひとつは突き詰める、もうひとつは遊びだと思うんですよ。だいたいは太っ腹な部長がいて、トップは結構むちゃくちゃ。高度経済成長期に何かを信じて突っ走ってきた人たちなので、『どうしてもこれをやれー』とか無茶なことを言い始めるわけ(笑)。

 部長クラスっていうのはそれを頑張って支えてきた立場ですが、そいつらには、どうも人を遊ばせようとする文化があるんだよね。内緒のプロジェクトとかが走ってても黙認してたりとか。下は頑張る。部長は下に遊ばせる。

 でもいまの日本はあまりにも世知辛くなってて、遊ばせることもできない。部長が隠すっていうのは、ある意味、下を守っているということ。僕はそういう人たちをインタビューする機会も多いですが、そこに生きがいを感じてる人も多そうです。上からの軋轢を受けながらも、下を遊ばせるところから、何かが生まれるエンジンがあるんじゃないかと」

モノづくりのモチベーションを生み出し、
エンジンとなるのは何か?

内藤 「われわれの普段の仕事では、何故こうしなければならないかを、きちんと説明しなければなりません。だからそこを隠していることはあまりないですね。

 でもときどき隠していることもあって、例えば、『ThinkPad X1 Carbon』でサテライトグレードのカーボンを使うって話(関連記事)は、僕も全然知らなくて。そんなに高いカーボンを使ったのかってあとで驚きましたが。

ThinkPad X300

 ただ分かっている例で言うと、過去に『ThinkPad X300』という機械がありました(関連記事)。光学式ドライブを内蔵できるThinkPad Tシリーズを1kgで作ろうというものでした。開発に先立って、僕は有志を集めて『5時半以降のプロジェクト』をやってみたらと言ったんです。マツダのRX8も、5時半以降のプロジェクトなんですよね。それと同じことをやってみてくれと。

 そのリーダーになったのがソフトのマネージャー。またハードウェアの設計の提案を行ったのは製品保証部門のマネージャーでした。彼は品質保証のために、今までは人が並べたパーツの配置をいつもテストしてたんです。

 でも彼は自分で並べたくてしょうがなかった。その想いがThinkPad X300にはこめられているのです。最終的には、本職がでてきて作り直すんですが、そこで、ああじゃないこうじゃないっていうやり取りが生きた」

遠藤 「ThinkPad X1 Carbonに関しても、遊びというか下から自発的に出てきた要素があったんじゃないかなぁと想像しますが」

内藤 「X1 Carbonはもともと私が、『みんなこれからのケースの材料は金属、金属って言ってるけど、金属って非常に高価なソリューションだし、無垢を削って作るとかそういうお金のかかることをやるんだったら、カーボンでももっといいソリューションが出るんじゃないの』って言ったことが始まりなんですよ。その後は開発部隊に任せていて、最近になって『こんなにお金かけたのか』って意見に変わりましたけど(笑)」

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