イヤーモールド成形で、その人に最適なカスタムイヤーモニター「FitEar」を作ってくれる、須山補聴器のお話。前回はインタビュアーが耳型を採取されるという、まさかの展開で終わったが、今回はそのインタビューの続きと、完成した「FitEar MH334」(14万7000円)の使用感をお伝えしたい。
また、取材時には試作段階だった、ユニバーサル版MH334「FitEar TO GO! 334」(10万5000円)との比較もしてみた。FitEar MH334と同じ4ドライバー3ウェイ方式の構成ながら、通常のカナル型イヤホンと同様、イヤーチップを使った製品。耳型採取の必要がないため、一般の店頭で買ってすぐに使えるというもの。これも製品版をお借りして試用している。
まずは前回の耳型採取後のつづきから。
カスタムイヤーモニターが高いわけ
―― この後、どういう作業を経てイヤーモニターとして完成するんですか?
須山 採らせていただいた耳型から、まず耳の複製を作ります。そこから、どうイヤーモニターを収めるか設計をして、シェルの外形を作っていきます。ただ、全く耳型通りのものを作ってもダメなんです。人の外耳道は凄くセンシティヴなところで、場所により弾力が異なり痛みを感じやすい部分もあります。それで部位によって厚みを持たせる、削っておくということをします。
長年補聴器用のオーダーメイド耳栓も作っていますが、朝起きてから夜寝るまでほぼ一日中使用する補聴器では、数時間装用して耳が痛くなるなんて論外なんですね。こうしたノウハウを応用し、耳穴全体に圧力を分散させシェルを製作することで、高い遮蔽性と装用感を両立させています。
―― シェルにドライバーを固定する方法はどうなんでしょう? シェルに押し込んで、樹脂をそのまま流し込んでいるとか?
須山 そうです。様々な耳型に対応しつつ、設計した音質バランスを実現するため、特に耳穴が小さいケースではシェル内側を削り込み、レシーバーを納めるスペースを確保するのですが、そのままではシェルが薄く割れやすくなってしまうので、シェル内に樹脂を充填し硬化させることで、レシーバーを固定すると同時に強度も確保しています。
―― ドライバーを配置する治具(じぐ)みたいなものは作れないんですか?
須山 そうなんです。それが悩みなんです。それで、結局コストが上がってしまって。金型を作ってやれば、決まった位置、向きに納めることができ悩まずに済むのですが……。結局、何にコストが掛かるかというと、一人に向けて違うものを一個づつ作るからなんですね。マルチのものだと、音質との兼ね合いでドライバーの位置をやりくりし、毎回設計しなければならない。一人の人が同じ物を10台欲しい、という話になればその分大分安く出来るんですけど。
―― 逆にマルチにする必要は何なんでしょう?
須山 バランスド・アーマチュア型のドライバーは、一台の帯域が狭いんです。補聴器のほかはテレコミュニケーションか軍事用途で、いずれも長い間、音楽ではなく人の声を聴く用途だったわけです。
―― 補聴器業界的には昔からおなじみのデバイスだったということですね。
須山 非常に枯れたデバイスですね。それが変わってきたのが、携帯電話やスマートフォンが出てきたこと。そこからバンドの広いものが求められてきた。そしてアルティメット・イヤーズ創始者のジェリー・ハービー※さんが、ネットワークでクロスオーバーさせてマルチで使うアプローチを示された。アルティメットの「UE5」とか、Westone、そして大きなターニングポイントになったのがSHUREの「E5」ですね。
※ ヴァン・ヘイレンのツアーモニターエンジニアだった彼は、ステージモニターの問題を訴えていたドラマーのアレックス・ヴァン・ヘイレンのために、1995年にカスタムイヤーモニターを開発。それがアルティメット・イヤーズ創業につながった。
―― バランスド・アーマチュア型のドライバーは、ローが弱いと言われていますが。
須山 それは使用条件によります。バランスド・アーマチュアでも完全密閉の状態であれば、ダイナミック型以上にローは出ます。鼓膜のスティフネス(動きにくさ)に対応するダンピング(制動能力)がありますので、解像度の高いローを出しやすい。ダイナミック型は完全密閉で使うと、鼓膜のスティフネスに負けてしまい、振動板がたわんでしまいます。ベントホールを空けて遮蔽性を緩和すると動作させやすくなるのですが、一方で低域が逃げてしまう。私が知っている限り、完全密閉に近い動作ができたのはSHUREのE2cくらいですね。

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