ユニバーサルは二重パイプ構造
―― ユニバーサル版の「FitEar TO GO! 334」は、一個ずつ設計しなくていいので、少しは安く作れるとか?
須山 そうですね。10万円くらいで何とかしたいと思っています。我々は日常的にカスタムを作っているんですが、アーティストさんのツアーがあって、何個も作らなければならない時はすごく忙しい。でも、それがない時はヒマで、そのとき作りだめができるんです。
―― どれくらい作りだめが効くんですか?
須山 一日で数個くらいじゃないでしょうか。同じものを何個も作れるというメリットはあるので、そこでディスカウントはできるんですが、かと言って機械任せとか、外部業者さんに委託して、というわけにはいかないので。ユニバーサル版だからと言って、手を抜いているところは一切ありませんから。
―― じゃあ大量生産してAmazonやアップルストアに並ぶようなことは?
須山 ははは、それは100%ありません。大手さんがやられているところに、ウチみたいな零細企業が立ち向かっても、まったく勝負にならない。だから、自分たちにしかできないこと以外はやらない、というのが経営方針ですね。イヤーモニターもほかではできないというか、商売にならないと思うんです。そういうところで差別化するしかない。
―― 性能の面でカスタム版と違うところは何ですか?
須山 遮音性の違いですね。カスタムですと30dBくらい落とせますが、イヤチップの場合はそこから数dBはロスしてしまう。あとは安定して装用できるかどうか。イヤチップは大きな物を小さな穴に入れて、その復元力で押さえますね。そうすると、圧力のかかる部分は細いリング状になって、応力が集中するので痛みが発生しやすい。
―― イヤチップを使うことで、カスタムとは違うアプローチも必要になると思うんですが。
須山 現在特許出願中なんですが、先端部分の内部構造をまったく新規に作りました。一般的なバランスドアーマチュア型のマルチレシーバー機では、シュアーに代表されるように音の通り道(音導孔)を細いステムで1本にまとめています。これはなるべく万人の耳に適合させるべく、ステム部を細くして使用するイヤーチップのスペースを確保するためです。しかしトレードオフで高域再生に制限が出てきます。
高域の減衰を避けるため、アルティメット・イヤーズさんでは、ステムの音導孔をハイとローに分けていますが、この構造は同社が特許を持っています。AKG K3003はステムの中にバランスド・アーマチュアレシーバーを配置し問題に対処していますが、こちらも特許申請がされており、これらとは別のアプローチを取るとともに、カスタム同等の構成とする上で3ユニット以上のマルチレシーバー対応が必要でした。
―― なるほど。じゃあFitEarのユニバーサル版はどんな形状なんでしょう?
須山 外から見えるチタンチューブに、高域用のレシーバーが接続されています。チタンチューブはステムの中央にセットされ、二重パイプ構造となっています。チタンチューブを維持する部品がステムとチタンチューブの間にできた隙間を区切るセパレーターとしても機能することで、ロー、ローミッドのレシーバーそれぞれに独立した「C」字型の音導孔を形成し、結果3つの帯域それぞれに独立した音導孔を持たせているのです。
―― なぜこんな複雑な構造が必要なんですか?
須山 音の通り道を1本にまとめてしまう方法では、7kHz付近に特徴的な大きなピークが生じ、そこから減衰するという問題を解決できなかったんです。でも穴を3つ開けてしまうと、今度はステムの径が大きくなってしまって、イヤーチップが付かない上、アルティメットの特許にも觝触する可能性がある。
カスタムを作っている中で、高域レシーバーを独立させ、適切な径と長さにすれば高域の減衰を抑制できることは分かっていました。なので、一般的なサイズのイヤーチップが付くことを条件に構造を考えたということです。一発で広い周波数レンジと音の厚みが出せるバランスドアーマチュアドライバーが出てくれば、こんな構造は必要ないのかも知れませんが、それまではマルチウェイで組んでいかなければならないので。
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