職場の孤立化をふせぎ、現場熱を作る
堀川 あとは、今はまだなかなかそういう環境ができてないんですけれども、監督とかメインスタッフといった、作品を作る核になる人たちの近くで仕事をさせてあげられるようにしたいなと。富山の現場にあるのは演出、作画とCG、仕上げ部門ぐらいなんですね。作品作りの中心に近いところで熱量を感じながら、自分もそこに参加しているんだ、という気分をどう演出をしてあげられるかだと思うんですよね。
―― 中心の熱量?
堀川 はい。これは、僕のこれまでの経験から思うところがあって。
今のアニメーターは自宅で作業をしている人たちも多いんですが、そうすると、担当する絵コンテの10カットだけを渡されて、上がったら回収に来てもらって、ということが普通なんです。今、制作現場のスタッフ間でどんな議論がされながら作られているか、また、ほかの人がどんな絵を描いているか、わからないままに作業をしていることも多くて。
昔はみんな会社に所属していたから、職場の中で、作品の中心を感じながら仕事をすることができていたんでしょうね。それがだんだん、セクションごと外注に発注という形態が一般化してきて、僕が業界に入った1990年には多くのセクションを抱える制作会社はほとんどなくなっていたんです。それでも90年代はまだフィルムで作られていたから、テレビシリーズでも、毎週スタッフが現像所の試写室に集まって、初号試写を見ていたんです。今は完成映像を各自DVDなどのメディアで見ていることが多いんじゃないでしょうか。
© 花いろ旅館組合
―― 出版でも同じ現象が起きています。昔は編集もライターも同じところで作業をしていたんですけど、データをメールでやりとりできるようになってから、みんなそれぞれのところでやるようになっていって。おっしゃるような、自分や他人の評価を聞く機会とか、みんなで同じ本を作っている感というのは急速に失われていった気がします。
堀川 そうなんですね。もちろんデータでのやりとりは、便利さとか時間短縮という意味でとてもいいところもあると思うんですけれども。
みんなで試写を見て、新人も含めて監督の周りに集まって評価をじかに聞くとか、他の人が担当したパートを見ながら、監督がどんな評価をするのかを聞いたり話し合ったりするような、一体感とか緊張感を共有する場がなくなったんですよね。だから僕は、今の若い人にそういう現場環境を用意してあげたいなと思うんです。
―― 現場熱を上げることで、モチベーションを上げると。
堀川 アニメーターって、もともとのモチベーションが高いんです。描きだして、はっと気付いたらもう6時間ぐらい経っていたとか、描くのが大好きな人が多いんです。僕もそうだけど、この仕事がすごく大変だとよく言われながらも、長年続けているのは、自分はそれが面白いと思っているからであって、それがなくなったらこの仕事が続けられるとは思わないんですよね。
だからアニメーターも、体力勝負というばかりじゃなくて、ずっと高いモチベーションをもって継続できる職業にできたらいいなと。
80年代に業界に入ってきたアニメーターは、収入に対してはめちゃめちゃ無頓着だったけど、今の若い人は、やはりもうちょっと収入に対する希望と不安がある。そのこだわりはとても大事なものなんだけど、個人の力ではどうしようも無いこともある。その分、業界を目指す人は減ってしまったと思います。そういうことが業界の課題としてあるんですね。アニメ業界というのは、入る前から「これだけ頑張っても、将来そこまでしかいけないのかな」ということが、前情報としてものすごく出回っているから。
今、アニメーション業界として示さなければならないのは、若者よりもむしろ僕のような40代から50代になる人間が、「僕らはこの歳になっても、こうやって出来高以上の付加価値を付けて食べていけるんだ」ということを、20代30代の若手に示していくことだと思うんですよ。そこをやれる人間が希望を見せる。それがアニメーション業界の人材育成のこれからの課題じゃないかなと思うんですよね。今までは強い資質と諦めの悪さを持った人が偶然残っただけだけれど、もっと具体的なキャリアのレールを敷いてやる時期じゃないかと思います。そうでもしないと、アニメーション業界とは言えず、「制作集団」がこの職業の適性規模になってしまうんじゃないかな。
キャリアを積んだ職人が、どれだけ自分を中心に、広い範囲にいい影響を与え、貢献できるか。それが付加価値となって報酬に繋がることをちゃんと示して彼らの目標となってほしい。僕は「職人」を育てながら、そういうことを伝えていきたいという思いもあるんです。
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■著者経歴――渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)
1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。日経ビジネスオンラインにて「アニメから見る時代の欲望」連載。著書に「ワタシの夫は理系クン」(NTT出版)ほか。
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