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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第20回

都市から地方、社員から職人へ

「花咲くいろは」の経営術【前編】

2011年11月05日 12時00分更新

文● 渡辺由美子(@watanabe_yumiko

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10人の同期の仲間がいることの大きさ

―― P.A.WORKSができて10年ということですが、社員の方を見て、どのような感想をお持ちですか?

堀川 会社として見たときにはまだ10年しかたってないので、10年目で見えることと、20年たって見えてくること、30年で考えることというのは全然違うなと思うんですが、立ちあげから10年の貴重な体験を「初期の先輩の挑戦」として記録しておきたいという気持ちはあるんですが……。

 ここ5~6年、毎年10人ぐらいずつ採用しているんですけれども、平均年齢がまだ20代なんですね。彼らはほとんど先輩がいない中でやってきたから、技術を継承されたわけではないんです。それでもいいところはあって、10人の同期の仲間がいるというのは、育成環境としては非常に良かったんだなと思って。

 みんな新人で一気に入ってくるわけですから、同じ頃に似たような技術の壁にぶち当たるんですね。どうやっていいのかも分からない、それを解決して見せてくれる先輩もいないところで、自分たちでもがきながら壁にぶち当たりながらやっている。自分たちで考えなきゃ何も進まない初期の環境は、同期が多ければいい経験でもあるなと。


―― 先輩のノウハウがない分、自分で乗り越えるというメリットもあるのですね。

堀川 はい。でもやっぱりデメリットもあるわけです。うちの場合は、良くも悪くも今までのんびりした環境に同期生ばかりということもあって、学校の同級生的に仲良くなって、自然に横並びに足並みをそろえてしまう。人より抜きん出てやろうというやつが出てこないんですよ、なかなか。これが東京ならもっと互いにライバル意識を持つんでしょうけど。


―― 東京との違いは何だと思いましたか。

堀川 評価できる経験を積んだ人間が上にいなかった、ということですね。誰もが認める人が近くにいて、適切な評価を下していなかったからなんですよね。最近になって、それがようやく改善されてきたんです。

 長年出向していた育成の責任者が、去年やっと富山に戻って、監督作品を通して彼らの評価をしはじめたんです。「新人の中でも何ができていて、何ができていないか」とか、「誰と誰を中心に今後の作画チームを形成するか」とか。そうしたら彼らの中で、「なぜ彼と自分は評価が違うんだろう」ということを意識しはじめて。そこから急に現場としてはすごく緊張感が出るようになりました。

 以前は割と年功序列的に、先輩から仕事が与えられたところがあったんです。本来そんなものは全然関係ない技術と才能の世界なので、先輩後輩関係なく技術本意で仕事が決まっていくと、がぜん学校ではなくて「才能の職場」という感じになってきたんです。今、面白いことが起こりはじめているなと思って見ているんですけどね。


―― ある種の「成果主義」になったんですね。成果主義というと、ともすると働く人が疲弊するということも起きますが、そうならないように工夫されたことはありますか。

堀川 ちゃんと納得できる評価をしてくれることだと思いますね。適正な評価というのは、働く人のモチベーションと成長のための自己認識を上げるためにするんですよね。だから的外れな、本人が納得できない評価じゃしょうがない。ひとつの指針の上で、ここを見てこういう評価なんだということが明確に言える人間が上にいるということは、すごく大事なことなんですね。


―― 単に「上司」ではない。

堀川 職人の場合、実力がある人の仕事には、言葉を超えた説得力があります。圧倒的な技量を持った人の適正な評価に対しては、役職ではなくおっしゃる通りです、という感じでね。


―― 評価というのは、職場がぴりぴりするだけの緊張感で終わらずに、モチベーションアップになりますか。

堀川 はい。やっぱり彼らが伸びるのは、「評価」があるからだと思うんです。特にこうしたアニメーションの仕事に就く人は、自分の仕事を見てほしい人たちだと思うんですね、自分が頑張ったことに対して、“誰かに評価してほしい”ということ。彼ら自身の一番のモチベーションは、やはり自分の描いたものが、作った作品が、話題になり評価されるということなんですよね。自分が手掛けたものが誰の目に触れたか。「すごく感動した!」とか、「あそこはいいものを作ってるね」とか、「あいつの描いたシーンはすごい」とか、そういうことがモチベーションにつながるんです。


―― 評価が、やる気を生むんですね。

堀川 そうですね。モチベーションということで言えば、先ほどお話しした、ひとつの話数の中である程度まとまったカット数を任せるのもそうでしょうね。「自分はこのシーンをやりたい」と言って仕事を取りに行くこともできる。そして、そのシーンを完全に任せてもらう代わりに責任を持っていいシーンにするという。もちろん、お前にはまだそのシーンは無理だと却下される場合もあります。重要なシーンを監督から任せられるように早くなりたいと思うことも大切なモチベーションです。

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