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【所長コラム】「0(ゼロ)グラム」へようこそ 第68回

スティーブ・ジョブズはどこにでもいる

2011年09月01日 19時20分更新

文● 遠藤諭/アスキー総合研究所

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神格化することは
かえってジョブズの本質を見失わせる

 自らが取り組むべきテーマが、つねに絞られて明らかになっているだけでいいのだ。ゲームのテーブルから離れないことが大切で、自ら新技術を開発するような冒険をする必要はない。釣り人のようにジックリかまえて、おいしい技術が出てきたときに、誰よりも早く製品の形にしてみせるということだ。

 部品や技術そのもののコンポーネント化が進み、コンピュータ業界ほど水平分業が可能なジャンルはないことを、ジョブズは身に染みて知っている。実際、1970年代にアップルが販売した8ビットコンピュータ「Apple II」のカバーを開けると、「Microsoft」のロゴの入ったROMが目に飛び込んできたりする。

 それでも、「iPhoneは違うでしょう」という言う人はいるかもしれない。こうなるとは誰も思っていなかったのではないかと言われるかもしれない。しかし、1996年には「Palm」が登場し、スマートフォンの時代は1997年の「BlackBerry」で始まったのだ。2002年にはPalmから「Treo 180」が発売されている。

 7月17日に、日本アンドロイドの会のイベント「ABC」(Android Bazaar and Conference 2011 Summer)で、Palmの神様こと山田達司さんと対談をさせていただいた。山田氏が数百台あるというコレクションの一部を持参してくれたのだが、Palmの画面を見て「iPhoneとソックリ」と言った人がいた。勘弁してほしい。「Palmにソックリ」なのがiPhoneなのだ。

 きっと、ジョブズにとっては、自分の目の前で繰り広げられているデジタル業界のことが楽しくて仕方がないのだろう。LisaやMacが真似たというパロアルト研究所の「Alto」も、スマートフォンのTreoも、音楽共有のNapstarも、オンラインストアのAmazonも、どれも彼が「自分ならもっと上手くやれる」と思えるものばかりだからだ。

 アップルは、「シード・ドリブン」の会社なのだ。一見すると、ジョブズが夢のようなアイデアを思いついて、それが形になって出てきているように思える。しかし実際には、いい材料(キーデバイスやキーテクノロジー)が手に入ったときに、料理人のようにそれを最善の方法で調理してお皿に盛りつけているのだ。


ジョブズの本質

ビジョンとは、見えないものを見通すことを意味するのだと思う。だが、すでに見えている未来の方向の中から、進むべき道を絞り込み、それを変えずに突き進むことこそ、ビジョンの本質なのだ。

 このように書くと、「じゃ、ジョブズも意外と普通の人かもしれないですね」と思う人も、少しは出てくるのではないか。

 まったくそのとおりで、ジョブズは、我々の身のまわりにいる仕事人たち(「ジョブズ」を日本語訳すると「仕事人」になるというつぶやきを見かけたが)と、そうは変わらないと思う。しかも、その強烈な性格とはうらはらに、ものすごく常識的なセンスの持ち主で、一般的な人たちが欲しがるものを作る人なのだ。

 偉大なジョブズの代わりはいないと言い切る人もいる。誰かが、アップルの製品を、歴史を変えた3つのリンゴ(アダムとイヴのリンゴ、万有引力を発見したニュートンのリンゴ、そして、アップル製品のリンゴ)などと書いていた。だが、ジョブズは魔法使いでも、奇跡を起こす神の申し子でも、レオナルド・ダ・ヴィンチのような天才発明家でもない。

 ジョブズを神格化して礼賛することは、ある種の「風評被害」のような、誤った効果を生む可能性があると思う。風評被害とは、実際には起きていないことが噂として広まってダメージを受けることだが、逆に風評が広まることで、本当のリスクが見えなくなることがある。それと同じで、ジョブズをあまりに神格化してしまうと、モノ作りのベーシックな精神を見失わせはしないだろうか?

 ジョブズの価値というのは、「誰にも真似できる」ということなのだ。

 実際のところ、「どこにでもジョブズはいる」と思う。どんなに小さいもっと日常的でささいな仕事の中にも、ジョブズがいると思う。好きなことを見つけて、それに情熱を注ぎ込むことができれば、やり方によって誰でもなれる可能性があるのが、ジョブズという存在なのだ。そのことが素晴らしいし、彼がわたしたちを心の底辺からワクワクさせてくれる本当の理由なのだと思う。

(次回に続く)

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