
「ミラーレス一眼」が売れている。レンズから入った光を、鏡を介してファインダーからのぞく「一眼レフ」に対して、撮像素子が捉えた絵をそのまま液晶で見る。レンズを交換していろんな視点で世の中を見られるという一眼レフの魅力は引き継いでいる。
2008年の、パナソニックの「LUMIX DMC-G1」から始まるミラーレス一眼だが、販売台数ではレンズ交換式カメラの3割を占めるまでになっている。もっとも、わたしのまわりでは、ミラーレスを買う人はもっと多い印象がある。ブランドと機能とデザインのバランスの上に立っている商品だけに、この変化、ちょっと興味深い。
同様に一眼レフの世界を大きく変えたとモノいえば、わたしにとって最も印象的なのは、まだ銀塩の時代の「EOS Kiss」である。それまで、一眼レフといえば、プロの仕事の道具かオヤジの趣味の世界に限られていた。ところが、そのテレビコマーシャルを見たとたん、わたしは、椅子から転げ落ちそうになった。
無骨な一眼レフを、若い母親が慣れない手つきで持っていて、ファインダーを通して赤ちゃんを撮っている。この風景に最初は違和感があるが、事情はすぐに了解できる。愛しているものをまじまじと見ている自分がいて、その時間を切り取って証にしたいという気持ちが、そのまま「Kiss」という商品になった。
「Kiss」の意味は、「Keep It Smart and Silent」(賢く、静かに)の意味だそうだから、赤ちゃん撮影専用カメラとはいえない(海外ではKissという商品名は冠しておらず、米国では「EOS REBEL XS」、欧州では「EOS 500」)。しかし、技術特性を活かしたその商品提案力には感服するしかなかった。しかも、それが完璧にコマーシャルとリンクしていたのだ。
リコー、ニコン好きには
Macユーザーが多かった!
商品の性格やブランドのイメージは、先進性や伝統、経済性、高級感、都会的とかオシャレとかといったキーワードで分析されたりする。アンケートでそうした単語をチェックしてもらえば、いくつかのクラスターが浮かびあがってくる。ただし、そうした言葉にはなりにくい、言葉にすると矛盾してしまうようなケースもある。

ミラーレス一眼「Nikon 1」(写真はファインダーなしモデルのNikon J1)。
ニコンが満を持して発売した、ミラーレス一眼「Nikon 1」という商品の位置付けは、どんなところにあるのだろうか。わたしのまわりにはミラーレス一眼を買う人がたくさんいると書いたが、Nikon 1は自分も欲しいと思うし、まさにこのあたりの層にズバンと刺さった商品といえる。オヤジが散歩に持って歩ける、レンジファインダー時代のニコンを思わせる取り回しを期待させる。
Nikon 1のデザインはとても落ち着いたもので、その中にテクノロジーが詰め込まれていることも感じさせる。ライトなのだが、正当感のある直線や正円弧を生かした、いかにもクールと呼ばれそうなものだ。クールとは、理屈や合理性を飛び越えた、見ているだけでも心に訴えるインテリア的な視覚満足性を持ったものだ。
この商品がニコンというブランドに、どんな効果を及ぼすのかということも考えたくなる。そこで思い出したのは、アスキー総研で2年ほど前に実施した『Macユーザー調査』の結果を分析していたときのことだ。Mac OSの利用者が好きなカメラブランドは、どのメーカーだと思われるだろうか?
同調査では、Mac OS利用者の好きなカメラブランドに関して、「リコー」の支持率がとくに目立っていた。一瞬、「何か集計が間違っていないか?」という話になったのだが、『Mac People』編集部に行って聞くと、「わたし、リコーですよ」、「そういえばリコーが好きだなー」、「リコーというのは分かる」と返ってきたのである!
この、Macとリコーの協調関係。デジタル機器の世界を長く見てきたつもりのわたしも知らなかった。実は、リコーの方にお会いしたときにその話をしたことがあるのだが、少なくともその方はご存じなかった。アップルの、世界的にも評価されているデザインと商品コンセプトの世界。それと、銀塩の「GR1」以降、オヤジデジカメとして不動の位置を占めてきたリコーが、“見えない強い糸”で結ばれていたのだ。
ブランド同士の協調関係は、アスキー総研のメディアとコンテンツに関する1万人調査「MCS 2011」でもかなり詳しく見ることができる。Mac OS利用者の好きなカメラブランドを調べると、トップはキヤノンで30%だが、これはアンケート回答者全体の比率とそうは変わらない。それに対して、Mac OS利用者のリコー支持率は7.7%で、これは全回答者の平均の3.2倍にもなる。そして、全体平均の1.8倍となる26.2%の支持を得たブランドが、ニコンだ。
これとは逆に、好きなカメラブランド別のMac OS利用率を調べてみると、リコー好きには他のブランドを圧倒してMac OS利用者が多いことがわかる。やや離されるものの、ニコン好きもリコーに次ぐ2位に付けている。デザイン性に優れ、都会的で、いかにもアップルと相性の良さそうなソニーは、むしろ反発し合っているようにさえ見える。

好きなカメラブランドごとの、Mac OSの利用率を調べてみると、トップはリコー好きの13.7%。次いでニコン好きは8.2%となり、ソニー好きやキヤノン好きに比べてかなり高い比率になっている。
iPhone 4Sでは、ソニー製の800万画素の背面照射型CMOSを搭載するカメラが、個人的には気になっている。米国では「iPhoneography」という言葉も出てきていて、これはカメラメーカーがいちばん聞きたくない言葉だろう。「Nikon 1」のクールなデザインは、この層を取り込めるのか? それとも、Mac OS利用者とリコーのように、カメラに求める美学は別のものなのだろうか? モノ作りとデザインの話は、とても悩ましくもどこまでも尽きない。

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