
新しいiPhoneが発表されたが、IT業界は、ジョブズ後のアップルがどう動くかのほうを注目している。というのも、ライバルのひとつであるAmazonが、9月下旬にタブレット端末「Kindle Fire」を199ドル(約1万5000円)で発表したからだ。アップルのiPadは、言ってしまえば“ただのタブレット”だが、Kindle FireはAmazonの売り場そのもので、「ベゾスこそビジネスを知っている」という論調も出てきている。
物理的な画面の滑らかさやタッチの反応の良さを重視するアップルとしては、iPhone 4からiPhone 4Sへの進化は順当なものだろう(わたしは、iOSは「紙」の終焉というモチベーションで動いていると思っている)。それよりも、このiPhone 4SやiPadと、Kindel Fireとを比較することで、いまのデジタルの状況の一端が見えてくると思う。
iPhone 4Sについては、あちこちで詳しく報じられているので、そちらをご覧になっていただきたい。問題は、Amazonがアップルに突きつけた「Kindle Fire」とはどんな端末なのかということである。
わたしがいま持っている第2世代のKindleは、モノクロの電子ペーパーを使った地味な端末だ。一応、Webブラウザを搭載していて、ご存知の方は少ないと思うが、日本とメキシコと香港だけは通信料無料でブラウジングできた(少なくともわたしが購入した2009年10月頃には)。しかし、動作スピードの点や、豆粒のようなQWERTYキーボード、またタッチ操作ができないなどの点で、とても使う気になるものではなかった。
だが、最新モデルのKindle Fireは、映像も音楽も電子書籍もキビキビ楽しめ、一般的なAndroidタブレットと同等のパフォーマンスを発揮する。画面サイズは7インチだから、ちょうどサムスンの「Galaxy Tab」や「HTC Flyer」、「DELL Streak 7」のような端末と考えてよいだろう。
米メディアが書き立てているのは、AmazonがKindle Fireを赤字で出荷するだろうという憶測である。Kindle Fireをそのようなかたちで提供しても、ユーザーがこれを使ってAmazonで買い物をすることを期待しているという見方だ。アップルが、iTunes Storeで音楽などを売っていても、収益はハードウェアで得ていると言われるのとは対照的である。

米アイサプライによれば、Kindle Fireはパーツと組み立てだけで209.63ドル(約1万6000円)かかるという。あるアナリストは、AmazonはKindle Fireを売るたびに50ドルを失うと指摘している。しかし、これはAmazonが一枚上手で、Kindle Fireを199ドルで売ったとしても利益が出るのではないかとわたしは思う。秋葉原の専門店に行けば、メーカー品と遜色のない静電式のAndroidタブレットが、2万円前後で手に入るからだ。Kindle Fireが売り出される11月には、さらに価格がこなれている可能性が高く、Amazonの調達力を考えれば、リテール価格が199ドルなら原価的にはカバーできる可能性がある。
いままでのAndroidスマートフォンやAndroidタブレットは、ただiPhone、iPadの対抗馬として、情報端末として発売されてきた。日本メーカーが作るデバイスの多くもその例外ではない。それらとはまるで違う、非常に強力なビジネスモデルを持った異生物とも言えるライバルが、アップルの目の前に降り立ったのだ。
アップルは、これにどう対峙していくのだろう?

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