中国・上海の文廟(孔子を祀る祠)周辺の商店街に、マンガやアニメ好きの若い子たちが集まるというので訪ねてみた。上海アンドロイドの会の中尾貴光(@osschina)さんに、オタクスポットはないですかねと聞いて教えてもらったのだ。上海ナビにも、「女子中高生とアキバ系男子が集う異色の下町をぐるり。上海っ子の流行が分かる街『文廟』を散歩しました」なんて記事がある。
アジアの街々には、中野ブロードウェイのようなコンテンツ雑居ビルとでもいうべきものがいくつもある。香港なら信和中心や東方188、台北なら萬年商業大楼というビルがあまりにも有名だ。わたしが香港や台湾に足繁く通うようになったのは1990年代に入ってからだが、香港・信和中心の場合、日本のテレカ専門店があったり、F3000のグッズ専門店なんてものまであった。香港では、最初の機動戦士ガンダムからテレビ放送されているので、ガンプラ文化もある(弊社の『電撃ホビーマガジン』の編集長が、毎年コンテストの審査に招かれている)。
また、香港にはドラゴンモデルズという世界的な模型メーカーがあるが、その関連企業UMLが「mimo」という女の子のアクションフィギュア(?)を展開している。バービー的な着せ替え人形で、実在の高校の制服が用意されていたり、日本の飲食チェーン「和民」の店員の制服なんてものまであって、和民の店内を模して遊ぶこともできる。デザイナーは2人の女の子で、関連グッズもカワイイモノばかり(グッズのほうは日本でも売れそう)。
しかし、ここまでアジア的ホップカルチャーが成熟してきていても、香港は、どうも「萌え」ていない。もちろん、以前のコラムで紹介したWikipediaによるコンテンツの地域普及の様子を見ると、『けいおん!』は、中文のほかに「中国語・香港」(広東話)の項目もある。あくまで比較としての話だが、日本以上に「萌え」ているかもしれない台湾に比べて、香港は体感では10分の1の萌え方だと思う。
香港から深センに入る以外、中国本土には数年おきにしか出かけていないわたしだが、最近までは、本土も香港と同じように「萌え」ていないと思っていた。ところが、今回上海に出かけてみて、「もう日本と同じじゃん!」と言ってみたくなる風景に何度も出くわしたのだ。中国14億人が「萌え」ているとはもちろん言わないが、着実にいま、「萌え」が浸透している。
おかしいなと思って、2011年1月にTBSの「NEWS23X(クロス)」で放送された中国アニメ市場のレポートを見返してみた。この番組では、中国における日本アニメの市場規模を2兆円、ファンは4億人に膨らんでいると指摘し、手塚プロダクションの担当者が中国での売上げが日本の売上げを超えたとコメントしていた。『鉄腕アトム』の認知が高いのはあるが、それ以外のコンテンツに関しては、わたしの認識とそれほど違っていないように見えた。
こう書くと、「いやいやエンドウさん、それは認識が遅れていますよ」とすぐさま指摘されそうである。「萌え」系は以前からもちろんあったが、ここまで来ているとは正直思っていなかったのだ。業界的に言えば、音羽一橋(講談社、小学館等)的な世界から富士見(角川グループ)的な世界へ染み出している。それがどういう意味なのかというと、中国において、アニメが「鑑賞」するものから一歩進んだ領分になったのだとわたしは思っている。
ネットを経由して、自由に日本のコンテンツカルチャーに触れられるようになった。一方で、iPadやスマートフォンの普及によって、中国で日本のコミックスの売り上げが大きく減少しているという話もある(スキャンされているという見方が強い)。しかし、同時に、アニメをただ楽しんで見るという段階から、それを読み替えたり、気分を共有したりするようになった。そのために、コスプレしたり文廟に出かけるようなことがフツーになってきているのだ。
上海のオタクスポットといえば、かつて記事でもお世話になっていたクーロン黒沢氏が、ロケットニュース24で上海の中心的な繁華街にある「百米香樹(バイミーシャンシュー)」という雑居ビルを紹介している(上海オタクビルは激シブな「御宅之家」だった!)。だが、内部は思ったほど盛り上がっていないように見える。それよりも、わたしが上海で驚いたのは、大型書店「上海書城」だ。
なんといっても、「マンガの描き方本」の平台が凄いことになっていた。大きなシマが2つ、数えてみると100タイトルほどの「マンガの描き方本」が並べられている。たぶん、日本にもこれだけ揃えた書店はないだろうし、この手の本がここまで多くは出回っていない可能性もある。これだけ勢いがあるとどうなるのか? ちなみに『ウルトラジャンプ』(集英社)に連載している夏達(シャア タア=本人が可愛い過ぎると話題になったマンガ家)のポスターが、それを示すかのように売り場の近くに立っていた。
台湾は、もともと日本の大衆文化が浸透していたにも関わらず、日本の「カワイイ」をライフスタイルに取り込んだ「哈日族」を生み出すのに、15年くらいかかった。それに対して、中国はブロードバンドの感覚で、すべてがワッと来ている印象が強い。ファミリーマートやヤマダ電機やUNIQLOなんかと同時に、そして中国のコンテンツ政策という特殊事情の中で、いろいろなことが起きている。
中国のコンテンツ事情は上海と地方で違っているだろうし、街を歩いているだけでは見えないことも多いはずである。とはいえ、絵柄が変わったというのは、わたしには大きなショックだった。どう控えめに見ても、「萌え」が少しずつ浸透している。中国から戻って、たまたま角川書店のYさんに話したら「都会化すると萌え化するのですよ」とサラリと言われてしまったのではあるが。
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