問題を隠そうとした日本の記者クラブ
さらに問題なのは、日本のメディアの対応だ。この電子メールは、ニューヨーク・タイムズが11月20日に取り上げるなど、その週のうちに世界の主要紙で報道されたが、日本の新聞もテレビもまったく報じなかった。これは偶然とは思えないので、環境省記者クラブで何らかの申し合わせ(おそらく「違法な手段で公表された情報は報じない」といった協定)があったものと思われる。
しかしウェブでは、日本でも私のブログなどで話題になり、「なぜマスメディアは取り上げないのか」という批判も多かった。ようやく12月4日にIPCCが問題のメールの存在を認めてデータ改竄を否定する声明を発表すると、各社がそろってこの事件を小さく取り上げた。欧米ではクライメートゲートをめぐって大論争が起きているが、日本ではそれも報じられない。
事件発生から2週間、本人が事実を認めてから10日もたってから初めて、IPCC側の反論と一緒に報じるのは、いかにも「当局の発表」がないと自分の責任で報道できない日本のメディアの横並び意識をよく表わしている。折からCOP15に合わせて、各社はそろって「人類の課題に取り組め」といった格調高い社説を掲げており、その根拠となっているIPCCのデータの信頼性を疑わせるデータは隠したかったのだろう。ニューヨーク・タイムズやEconomistなどが、否定的な情報も公平に伝えているのとは対照的だ。
このように最初から結論が決まっていて「不都合な真実」を各社が申し合わせて隠す翼賛体質は、太平洋戦争の「大本営発表」の頃と変わらない。ちょっと前なら、これだけ報道管制を敷いたら、事件の存在そのものが知られないで終わったかもしれないが、インターネット時代には国境の壁もマスメディアの権威もない。今回の騒動でわかったのは、日本のジャーナリストが自分の頭で判断できず記者クラブで談合すること、しかしそういう「自主検閲」は、インターネット時代には無意味だということである。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に、「希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学」(ダイヤモンド社)、「なぜ世界は不況に陥ったのか」(池尾和人氏との共著、日経BP社)、「ハイエク 知識社会の自由主義」(PHP新書)、「ウェブは資本主義を超える」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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