壊滅したチャレンジャー
村上元代表は、2006年の逮捕前の記者会見で「この国はチャンレジャーに対してやさしいですか? チャレンジャーをキックアウトするようなところはないですかね?」と問いかけた。もちろん違法にチャレンジすることはよくないが、日本の開業率は5.1%で、最近はずっと廃業率を下回っている。これは米国の半分以下で、廃業が開業を上回っているのは世界にあまり例をみない現象だ。
企業は大きくなるほど成長率は鈍化するので、経済全体が成長するためには常に新しい企業が出てくる必要がある。そうした起業家精神が沈滞していることが、日本の長期停滞の大きな原因だ。これは経済が成熟するにつれて避けられない面もあり、このまま日本がゆるやかに衰退する可能性も強い。
しかし同じように衰退の一途をたどっていると思われた米国は、1990年代にIT産業によって復活した。この原因をPCやインターネットなどの「IT革命」に求め、技術開発によって追いつこうとするのは間違いだ。重要なのは、1980年代まで米国経済の主役だったIBMやGMなどの巨大企業に代わって、インテルやマイクロソフトなどの新しい企業が登場したことなのだ。
こうした新しいベンチャーに投資したのは、ベンチャーキャピタルや投資銀行だった。企業買収によって古い企業が解体され、浪費されていた資金が新しい企業に投資された。MCI、TCI、マッコーセルラーなどのIT企業を生んだのは、投資銀行の生み出した「ジャンク債」というハイリスク・ハイリターンの金融商品だった。そうした金融イノベーションが現在の経済危機を生み出したことも事実だが、この20年に欧米の産業構造は大きく変わり、それが昔に戻ることはありえない。
それに対して日本は、こうしたチャレンジャーを刑事罰まで使ってつぶし、企業買収を阻止するために数百社の企業が買収防衛策を導入した。その結果、国内企業の買収は激減し、2008年は前年比35%減となった。その総額も約600億ドルと、全世界のわずか2.5%だ(mergermarket調べ)。おかげで企業の新陳代謝も進まず、資金や人材が古い企業に囲い込まれて生産性が低下している。
長期停滞を避けるには、資本市場を活性化して起業や企業買収などのチャレンジをうながし、投資を拡大するしかない。それは既存の企業にとっては好ましい変化ではないが、彼らの既得権を守っていたら日本経済は「安楽死」するだろう。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に 「ハイエク 知識社会の自由主義 」(PHP新書)、「情報技術と組織のアーキテクチャ 」(NTT出版)、「電波利権 」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える 」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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