だが、大坪社長はこれを一蹴した。
それには理由があった。
「配慮ではなく、もっと意志を持って環境に取り組んでいる言葉に置き換えてほしい。そして、すべての事柄を環境を土台に考えてほしい」。
現場では、この指示を受けて、言葉の練り直しをはじめた。それが、「eco(地球発想)」という言葉になり、これを記す図柄では、地球のイメージをベースとし、その上に、「先進」、「洗練」、「信頼」という言葉を配したのだ。
一方、全世界の社員が共有できるように、すべての言葉は英語に置き換えられている。
ブランドバリューも同様だ。
例えば、先進には「Visionary」、洗練には「Refined」というようにだ。
もちろん、これらの言葉にもこだわりがある。
先進であれば、直訳として、「Advanced」という言葉に置き換えることもできよう。
だが、Visionaryとしたのは、先見性があり、一歩先を、洞察力を持って見据えることができるという意味を持つからだ。パナソニックが目指す先進性とは、単に早いだけではないという裏返しの言葉でもある。
また、洗練も、「Sophisticate」という直訳もできるが、これを「Refined」としたのは、「何度も磨き抜き、きれいなものもさらに磨き抜く、という徹底して洗練性を追求する姿勢を込めたかったから」である。
英語にすることで、パナソニックが目指すブランドバリューの意味が、より鮮明になるともいえる。
こうしたブランドスローガン、ブランドプロミス、ブランドバリューの決定にあたり、調整役を担ったのがブランドマネジメント室である。
パナソニックには、1997年に発足した全松下ブランド委員会(現・パナソニックブランド委員会)がある。
同委員会では、パナソニックのすべてのブランド管理を行い、CIなど観点からも活動する。知財やテザイン、表示方法なども同委員会で議論し、承認される。
これに対して、ブランドマネジメント室は、パナソニックブランド委員会の事務局機能のほか、ブランド基盤の構築、社内向けブランドコミュニケーション、社外向けブランドコミュニケーション、そして独自の指標を持ったブランド価値評価といった業務を担当する。
発足は、海外ブランド統一を発表した2003年5月1日から2か月後の同年7月1日。パナソニックがグローバルに打って出るマイルストーンともいえる年にスタートした組織である。
「全社規模でのブランド管理に留まらず、グローバルな総合ブランドプロデューサーとして、ブランド価値の向上を図るのが役割」と、古川総括部長は同室設置の狙いを語る。
そして、社員のすべてが、ブランド価値向上のタッチポイントにいるという前提のもと、社員の一人ひとりがブランド価値向上の役割を担っていることを社内に徹底するといった活動も、同室の重要な仕事だ。
「2008年1月10日に社名変更、ブランド統一が発表されてから、なるべく短期間に、ブランドプロミス、ブランドバリューを決定しなければならなかった。まずはそれを大前提とした」と、古川総括部長は当時を振り返る。
パナソニックに統一したのちの、ブランドの方向性はなにか。これが示されなれば、すべての部門において、新たなパナソニックを訴求するための準備ができないからだ。
「全社員の力を一つに結集し、パナソニックをグローバルで強いブランドにすることが社名変更、ブランド統一の狙い。それに向け、全社員が共有し、日々の活動の指針となる、パナソニックブランドの目指す姿を、早急に提示する必要があった」
ブランドマネジメント室は、1月下旬から本格的な検討を開始し、3月下旬から4月上旬までに、ブランドプロミス、ブランドバリューを決定するという期限を設けた。
6月下旬の株主総会での承認を経て、10月1日に社名変更、ブランド統一をスタートというスケジュールが提示されるなかで、ベクトルを一つの方向に向けて走り出すには、逆算すると、そこがタイムリミットだったからだ。
2月初旬には、旧パナソニックマーケティング本部、旧ナショナルアプライアンスマーケティング本部、旧ナショナルウェルネスマーケティング本部、本社コーポレートコミュニケーション本部(広報宣伝部門)、旧松下電工、パナホームなどの関係者が参加する会を開催。春までの期間は月2回のミーティングを開き、ブランドフロミス、ブランドバリューの方向性を絞り込んでいった。
また、同時並行的に、20人以上に渡る経営幹部に対し、直接面談して意見を聞き、英語での表記に関しては、欧米の現地法人との電話会議やメールのやりとりを行い、内容を吟味した。
そうした活動の末、ブランドプロミス、ブランドバリューが、予定通り、4月には決定したのである。
社名変更、ブランド統一に先駆けること、約3か月。6月26日の株主総会で、パナソニックの大坪文雄社長は、ブランドプロミスの一節を初めて対外的に披露した。
「先進、洗練、信頼のブランドとして、いまより輝くブランドにしていく考えだ。商号変更を契機として、従来以上に、全世界のグループ一丸となって経営理念の実践に取り組み、グローバルエクセレンスへの飛躍を目指す」と、大坪社長は宣言した。
ここから、「Panasonic ideas for life」の新たなスタートが切って落とされた。
記事の内容を一部変更しました。
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