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写真は未来を写す

2008年09月14日 15時00分更新

文● 塩澤一洋 イラスト●たかぎ*のぶこ

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 従って撮影にあたっては、シャッターのタイムラグによって撮影の開始が遅れることを考慮するとともに、撮影が終了するまでの被写体の動きを予測することが必要なのである。まさに「未来」を予測し、動きが止まる「その瞬間」が来る前にシャッターを切るのだ。

 最後にもうひとつ、大切な予測がある。ひとつのイベントで撮影する写真の全体像をイメージすることである。運動会とか家族旅行といったイベントの後は、たくさん撮影した写真をiPhotoに入れてスライドショーを楽しんだり、アルバムにまとめたりするに違いない。

 そのときに、どんな写真が入っていたら魅力的かを予測するのだ。イベント名の入った垂れ幕、徒競走のゴールに張られたテープ、ともに走った靴、リレーチームの仲間、暑さを感じさせる太陽、青空と雲、おいしいお弁当とそれを作ってくれたお母さんの笑顔、前夜の準備風景などが恰好のモチーフだ。

 このように撮影は、いくつもの「予測」の積み重ねで成り立つ。写真は未来を写す、というゆえんだ。そしてこれらの細かい「予測」を束ねるのは、撮影前のイメージだ。こんな写真が撮りたい、こんな絵を描きたい、というイメージを先に持てば、それを撮るために必要な「先回り」の内容も自ずと決まってくる。撮りたいイメージを先に描き、撮影によってそれを実際に写真として定着させる。それが写真表現だ。

 こう考えてみると、写真に撮れるのは、おおむね自分が予測したものなのだ。周囲の空間と流れ行く時間の中で、被写体の動きを観察し、近い未来の状態を予測する。それを絵にするためのイメージを心に抱き、そのイメージを写真に表現する。いわば、写真は予測の芸術であり、表現とは心の公開なのである。


筆者紹介─塩澤一洋


著者近影

「難しいことをやさしくするのが学者の役目、それを面白くするのが教師の役目」がモットーの成蹊大学法学部教授。専門は民法や著作権法などの法律学。表現を追求する過程でMacと出会い、六法全書とともに欠かせぬツールに。2年間、アップルのお膝元であるシリコンバレーに滞在。アップルを生で感じた経験などを生かして、現在の「大公開時代」を説く。



(MacPeople 2007年11月号より転載)


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