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科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第117回

【JSTnews8月号掲載】イノベ見て歩き/戦略的創造研究推進事業ACT-X「ユビキタスな面状センサアレイによるIoTシステム構築」

服にコイルを編み込んで全身無線通信・給電ネットワーク、AR 操作を見据えた指輪型マウスも開発

2026年08月20日 12時00分更新

文● 島田祥輔 写真● 島本絵梨佳

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高橋 亮。東京大学 大学院工学系研究科 特任助教。2021~25年ACT-X研究者。

 社会実装につながる研究開発現場を紹介する「イノベ見て歩き」。第32回は、ウエアラブルデバイスやセンサーへの無線給電・通信を可能にする衣服を開発している東京大学大学院工学系研究科の高橋亮特任助教を訪ねた。指輪型の無線マウスの開発にも成功しており、将来的には健康データも無線で取得できる服型の生体データ通信インフラの実現を目指している。

取材・撮影等協力:東京大学柏キャンパス

液体金属とメアンダコイルで
安全性を保ちつつ高効率送電

 つくばエクスプレスの柏の葉キャンパス駅からバスで約10分のところにある東京大学柏キャンパス(千葉県柏市)。東京大学大学院工学系研究科の高橋亮特任助教の研究室に入ると3Dプリンターが稼働しており、プラスチックの溶けた独特な香りが漂う。ものづくりの研究室という雰囲気だ。

 高橋さんは、衣類にコイルを編み込ませて無線で給電・通信ができる服の開発や、そこから発展した無線通信デバイスの開発に取り組んでいる。スマートウオッチなどのウエアラブルデバイスには、バッテリーを小型化・軽量化しつつ長時間使用したいというニーズがあり、衣類からの給電はこれをかなえる可能性がある。将来的には、皮膚に貼り付けるだけで血圧測定や血流の可視化が可能なシート状デバイスの実現に向けた無線給電・通信技術の開発も目指している。

 学生時代にロボットサークルでロボット制御を担当し、ものづくりがしたいと考えて同研究科の川原圭博教授の研究室を志望した。そこで知ったのが、ケーブルをつなげずに電力を送る無線給電という技術だった。当時、プラスチック製の無線給電シートを開発してジャケットの裏地に貼り付けていたものの「プラスチックは服になじまないので、内蔵したいと考えていました」と、高橋さんは振り返る。

 無線で給電・通信する方法の1つにコイルの活用がある。送信側のコイルに電源をつなぐと磁界が生じ、受信側のコイルが磁界の影響を受けて電流が発生するという原理だ。しかし、衣服サイズの大きなコイルを作ると、生じる磁界が大き過ぎて人体内部に悪影響を及ぼす恐れがある。安全性の観点から数mWまでしか給電できず、範囲も人体全体の面積の5%程度に限られていた。

 そこで高橋さんが思い付いたのは、コイルの巻き方を工夫することだった。一般的なコイルは同じ方向に巻き続ける。これに対して、数回巻くごとに方向を変える「メアンダコイル」にすることで、コイルの中心で磁界が打ち消されて人体に干渉せず、衣服のごく近くのみに磁界を閉じ込めることができる(図1左)。

 また、コイル内部の素材を、常温で液体化する合金(図2)にするといった工夫を重ね、安全性を保ちながら全身の70%の範囲に2.5Wの電力を高効率で送る全身無線給電・通信服を実現した。さらに、メアンダコイルを2つに分割し、人が動いても安定して給電および通信できる方法も開発した。電力損失の大きな市販の導電糸を使っても、NFC(近距離無線通信)センサータグへの安定した給電と、ノイズに強く低消費電力での通信を可能にしたのだ。

図1 (左)同じ方向で巻き続けたコイル(A)は、内側に強い磁界(緑色の部分)が発生するため人体に悪影響を及ぼす恐れがある。これに対して、数巻きごとに巻く方向を反対にするメアンダコイル(B)では、コイルの周辺の一部のみに磁界が発生する。(右)無線給電・通信服の試作品。右側の服ではメアンダコイルを2つに分割した作動構造にすることで、高効率な通信も可能だ。

図2 (左)ガリンスタンと呼ばれるガリウム、インジウム、スズの共晶合金で、常温でも液体の金属。(右)シリコンチューブに入れて導電糸を作ることができる。

電池いらずの指輪型マウスで
ARグラスを自由自在に操作

 高橋さんが次に見据えたのが、指輪型の入力デバイスだ。以前、MetaやMicrosoftと共同開発した経験があり、現実の風景にデジタル情報を重ねて表示できるAR(拡張現実)グラスの操作デバイスとして指輪型マウスを想定している。しかし、指輪はサイズが小さく搭載できるバッテリーの容量が限られ、ARグラスにBluetoothなどでリアルタイムに操作データを送信し続けると、すぐにバッテリー切れしてしまう。指輪から最も近い手首に着けるリストバンド型デバイスから無線給電するにしても、リストバンドから指輪までは10cm以上離れており、無線給電では給電効率は1%を下回るという。

 そこで高橋さんは、指輪には電力を送らず、指輪の操作シグナルだけを受け取ることを目指した。最初に開発したのが、クリックのみ可能な指輪型デバイスだ。「クリックとは物理的なスイッチ操作です。クリックした時に指輪内のコイルの共振周波数を無電源で変えるように設計し、その周波数の変化をリストバンド型デバイスで受信すれば、指輪型デバイスはバッテリーが不要になります」。全身無線給電・通信服の研究で培った技術を用いて高感度コイルを設計し、「バッテリーレス」の指輪型デバイスを開発した。

 さらに、クリックだけでなくマウスとしての操作もできるよう、小さな球体のトラックボールを搭載した指輪型デバイスも開発した(図3)。「picoRing mouse(ピコリングマウス)」と命名されたこの指輪型デバイスにはバッテリーが搭載されており、低電力通信を実現したことで、1回のフル充電で1カ月以上駆動する。高橋さんは「電車や飛行機の中など、スマートフォンでは画面が小さくて作業できないような場所でも、ARグラスと指輪型デバイスで快適に操作できるようになるといいなと思います」と、社会実装された未来を想像する。

図3 指輪型デバイスであるpicoRing mouseは人さし指に装着し、親指でトラックボールを回したり押し込んだりして操作する。トラックボールの情報はリストバンド型デバイスに送られ、ARグラス上のマウスポインターの動作に反映される。

皮膚に貼り体内データを取得
無意識に活用できる未来へ

 こうして培った成果を基に、高橋さんのさらなる挑戦は続いている。2025年からJSTのさきがけ研究者として、激しい動きをしても剝がれないシート状デバイスから人の動きを測定する「スキンデバイス」の無線給電・通信の技術開発を目指している。「スポーツ解析など、屋外での激しい動きの中でも安定して生体データを取れるようにしたいと考えています」と意気込む。人だけでなくロボットにも貼り付けて、例えば料理人の動きを再現する料理ロボットの動作確認に活用できるかもしれない。

 また、同じく2025年からJSTのCRONOSでは共同研究者として、皮膚内部の血流などを画像化する「スキンイメージャー」というシート状デバイスにおける大容量データ通信や給電技術の構築を目指している。血圧など体内のデータを取得することで、病気の前兆を捉えられると期待されている。「血流を捉えるには皮膚の複数箇所に貼り付け、測定データを同期させる必要があります」と、今までとは違う難しさを語る。

 無線給電・通信服を中心にさまざまなセンサーやデバイスを身に着けることで、誰もが意識することなく生体情報を継続的に取得し、活用できる未来に向けて、高橋さんの研究開発は続いていく。

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