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科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第115回

【JSTnews8月号掲載】特集1

対話型能力診断AIエージェントを開発! 社会実装で人とAIの共進化社会の実現を目指す

2026年08月18日 12時00分更新

文● 肥後紀子 写真● 上樂博之

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 人工知能(AI)の急速な進化に伴い、与えられたタスクに自律的に取り組むAIエージェントの市場が世界的に拡大しつつある。そうした中、早稲田大学発のスタートアップ企業であるエキュメノポリスの松山洋一代表取締役(CEO)は、対話型の診断に特化したAIエージェントを研究開発。JSTなどの支援制度を積極活用して研究成果の社会実装をしている。第1弾となる英会話能力診断・学習支援AIサービス「LANGX Speaking(ラングエックス・スピーキング)」は、すでに多くの大学や自治体に導入されている。

人とAIの共進化社会を創出
「惑星規模の世界都市」に思い

 AIチャットボットをはじめとするAI技術が人々の生活やビジネスに浸透し、人間とAIの共存はすでに当たり前になりつつある。こうした中で、「ディープ“ヒューマン”テック」という独自の視点で「人とAIの共進化社会の創出」を目指しているのが、早稲田大学発のスタートアップ・エキュメノポリスの創業者兼代表取締役(CEO)である松山洋一さんだ。

 早稲田大学の学部生時代は文学部で学び、映画監督を目指していた経歴の持ち主で、当時から人と人とのコミュニケーションや社会的な認知機構に関心があったという。「20世紀のメディアが映像・映画なら、21世紀のメディアはインタラクティブでインテリジェントな情報伝達の在り方ではないかと考えました」と語る。大学院では一転して理系に進み、早稲田大学大学院基幹理工学研究科情報理工学専攻で博士号を取得した後、米国のカーネギーメロン大学で博士研究員としてダボス会議公式バーチャルアシスタントの研究開発や大手テック企業との各種会話AI産学連携プロジェクトを主導。2019年度に早稲田大学グリーン・コンピューティング・システム研究機構の知覚情報システム研究所に主任研究員(研究院准教授)として着任した。

 その後、AIによる対話型診断にターゲットを絞り、音声やテキストだけでなく動画や画像など複数のモダリティ(情報形式)を処理できるマルチモーダルなAIを採用した「対話型診断AIエージェント」の研究を進めてきた。会社名のエキュメノポリスは「惑星規模の世界都市」を意味し、「人とAIの共進化」という松山さんが理想とする未来社会への思いが込められている。

 2022年に創業したエキュメノポリスは、第1弾の製品として対話型の英会話能力診断サービス「LANGX Speaking」を23年にリリース。現在は、「LANGX事業」とOEM形式の「AIプラットフォーム事業」の2本立てでビジネスを展開している。前者は、独自開発した対話型診断AIアプリケーションを提供するというもの。後者は、対話型診断AIエージェントのAIプラットフォームをパートナー企業にライセンス供与し、各社のブランドで展開するというものだ(図1)。

図1 エキュメノポリスのビジネスモデル。AIプラットフォーム(EQU AI Platform)を基盤として、LANGX事業では独自開発したアプリケーションを提供し、AIプラットフォーム事業ではパートナー企業に技術ライセンスを供与して製品・サービスを共同開発する。

非言語情報分析し会話自然に
品質管理など3つの重要技術

 松山さんがLANGX Speakingの診断基準として採用したのは、学習者の能力を単語力や文法力だけでなく、実践的なコミュニケーション能力に基づいて評価する指標「CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)」だ。これまでの英会話学習は人間の講師と向き合うのがメインで、AI技術は主に英単語学習アプリなどの周辺ツールに使われてきた。LANGX Speakingは英会話そのものにAIで切り込んだ先駆的な製品である。

 LANGX Speakingは、利用者がログインするとすぐに画面内のAIエージェントが話しかけてきて会話が始まる(図2)。会話の内容は学習者のレベルや理解度に合わせて、簡単な話題から複雑な社会問題まで多岐にわたり、言いよどんだ時は声をかけるなどのアクションを起こしてくれる。学習者の発話内容だけでなく表情や声のトーンなどの非言語情報も分析して対応するので、まるで人と話すような自然なやり取りができる。

 また、大規模言語モデルなどさまざまなAI技術が使われており、中でも重要な技術が3つある。1つ目はマルチモーダル対話エージェントである「InteLLA(インテラ)」だ。学習者のレベルや理解度に合わせた状況をつくり、質問の難易度や会話の流れをリアルタイムに調整することで、自然な会話ができ、学習者の潜在的な能力を引き出せる。

 2つ目は、音声や表情、視線などのマルチモーダル情報を統合的に解析して学習者の能力を判定する「Gnowsis(グノーシス)」だ。学習者の能力を判定するだけでなく、判定理由を明確に説明し、さらに、学習者の強み・弱みを分析して次のレベルに進むためにすべきことを示す(図3)。3つ目は、対話品質管理モジュールの「DQA(Dialogue Quality Assurance)」だ。AIの応答の流暢(りゅうちょう)さ、文脈整合性、相互作用の自然さなどを第三者の立場で多面的・定量的に分析・評価して、InteLLAとGnowsisが正しく機能しているかどうかをチェックすることで、LANGX Speakingの信頼を担保する役割を担う。

図2 LANGX Speakingでの会話の様子。学習者は発話のたびにボタンを押す必要はなく、人と話すように自然に会話ができる。

図3 Gnowsisによる能力判定の画面。CEFRに基づく6段階評価や判定理由、今後の学習課題などを学習者にフィードバックする。総合評価の他、6項目ごとの詳しい評価や助言も得られる。

早稲田大のクラス分けで効果
自治体や企業を通じ利用拡大

 LANGX Speakingは、すでに多くの教育機関、自治体、企業で導入が進んでいる。最初に導入したのは、松山さんの母校である早稲田大学だ。2023年度の新学期から毎年約1万人の学生の英会話能力を判定し、結果に応じて人間の講師が行う英会話授業のクラス分けに利用している。

 同大学のクラス分けでは以前、オンライン英語能力判定テストで主にリスニング能力と語彙(ごい)・文法知識を測定し、これらを基にスピーキング能力を評価してきた。だが、テストの判定が実際のコミュニケーション能力を十分に反映しておらず、レベルが合わないクラスに配属される学生も多かったという。

 英語能力判定テストをLANGX Speakingに変更したことで、学生がより適切なレベルで授業を履修できるようになった。「学期末には、LANGX Speakingによる能力判定を再度実施し、英会話能力の変化を分析して毎年大学に報告しています」と松山さんは話す。

 2024年には、通信教育で知られるZ会グループのエデュケーショナルネットワークとLANGX Speakingの代理販売契約を締結し、大学などの高等教育機関向けに提供を開始した。現在では、中央大学や九州大学などの国公私立大学のほか、文部科学省の事業を通じて千葉県や岐阜市といった自治体の中学校・高校にも提供。中学校の教員から「LANGX Speakingを使ったグループは、文と文をつないで自分の考えを述べられるようになり、授業中の会話が変わってきた」など効果を実感する感想が寄せられている。

多様な企業提携でOEM販売
英検2次試験の面接再現も

 AIプラットフォーム事業についても、直近では収益規模がLANGX事業を上回るなど、着実に成長している。松山さんたちが目指しているのは、対話型診断AIエージェントがさまざまな現場で社会インフラとして機能する世界であり、そのためには多様なパートナー企業と提携して、対話型診断AIエージェントをOEM販売してもらうことが欠かせない。

 日本英語検定協会との提携では、2026年秋をめどに、実用英語技能検定(英検)の2次試験である面接をLANGXで丸ごと再現して、英検2次試験に準じた模擬面接のオンライン提供を開始予定だ。英検の評価観点に基づいた採点機能を搭載しているので、学習者は効率的に学習を進められる。

 Z会は、受講者向けに提供する対話型英語学習サービス「AI Speaking」を、エキュメノポリスのAIプラットフォームを導入して大幅リニューアル。「Z会 AI Speaking powered by LANGX」として2026年7月から提供している。AIプラットフォーム上に、Z会のカリキュラムに紐(ひも)付いたオリジナルのスピーキングレッスンを構築し、日々の学習の中で「インプット(読む・書く・聞く)」した内容を、その場ですぐに「アウトプット(話す)」することで、英語学習の質を高められるという。

 言語教育の現場からの依頼が増えている背景には、今までの英会話教材では受講者の能力の開発や判定に限界があるからだと松山さんは推測する。「AIが自然な会話ができる時代になり、AI技術を導入したインタラクティブな英会話教材を作ろうという動きが各所で起きていると感じます。確かにAIに自然な会話をさせること自体は、今や多くの企業にできます。でも、本当に難しいのは単に自然な会話をさせることではなく、その会話で『能力を妥当に測る』ことです。これを高い水準で兼ね備えた企業は海外を含めてもほとんどないため、弊社に声がかかるのだと思います」。

公的支援制度を効果的に活用
医療・雇用など重要分野へ拡充

 エキュメノポリスの事業は順風満帆に見える。研究者から起業家に転身した松山さんはこれまで、戦略を立てた上で努力も欠かさなかった。以前は、基礎研究を社会実装するための公的支援制度を毎日のようにチェックし、条件が合うプログラムがあれば必ず申請していたという。だが、やみくもに申請していたわけではない。申請の際には、政府発行の白書を読み込み、マクロのトレンドを踏まえた上で、自分たちの研究の方向性や強みをアピールするように心掛けていた。「戦略的に取り組んだことで、採択される率も上がりました。また、なぜこの会社を創業するのか、なぜこの研究なのかといった、自分たちの強みを考える良い機会になったと考えています」と語る。

 その結果、エキュメノポリスの創業以前から現在に至るまで、JSTをはじめ、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)や情報通信研究機構(NICT)の支援制度を効果的に活用できた(図4)。現在は、JSTのA-STEP実装支援のもとで多言語化や対人スキルの評価の研究開発に取り組んでおり、一例として、日本で働く外国人の日本語会話能力の診断サービス「LANGX Japanese」を開発中だ。

 NICTの革新的情報通信技術(Beyond 5G(6G))基金事業 要素技術・シーズ創出型プログラムでは、対話型診断AIエージェントの品質評価指標を策定し、国際標準化を目指している。将来的には語学分野にとどまらず、医療・ヘルスケア、行政、雇用などより重要かつ責任の大きい分野に広げていきたいと話す。その場合には、AIが下した判断にどう信頼を与えるのか、社会にどう受け入れてもらうのかが極めて重要となるため、今後はそのための研究も深めていきたい考えだ。

図4 エキュメノポリスが活用した主な公的支援制度と開発の流れ。JSTの研究成果展開事業大学発新産業創出プログラム(START)などを通じて、要素技術の研究開発や概念実証、実現可能性調査を実施し、エキュメノポリスを設立。NICTやNEDOの制度も活用しながら研究開発を展開している。

研究は、論文を書いて終わりではありません。現象を分析しモデル化することはもちろんのこと、その知見に基づいて現実社会の中で動くシステムをつくることで、より深い理解へ至るのだと信じています。私にとって起業は、研究活動を手放すことではなく、むしろその発展形です。研究室の外に出てこそ見える現象があり、その先に真の社会イノベーションがあるはずです。研究者的知性が、まさに時代に求められていると感じています。

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