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科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第38回

【JSTnews10月号掲載】イノベ見て歩き/SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(社会的孤立・孤独の予防と多様な社会的ネットワークの構築)「社会的養護経験者(ケアリーバー)の社会的孤立を防ぎ、支援と繋がりながら自立を支える仕組みを創る」

ケアリーバーの孤立を防ぐ仕組みづくり アプリ開発と自立支援体制構築の両輪で

2025年10月10日 12時00分更新

文● 肥後紀子/写真●水野由佳

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宮地菜穂子(写真左)/同朋大学 社会福祉学部 准教授。2022年よりRISTEX研究代表者。曽我部哲也(写真右)/中京大学 工学部 准教授。

 社会実装につながる研究開発現場を紹介する「イノベ見て歩き」。第24回は、児童養護施設などを退所した社会的養護経験者(ケアリーバー)が、支援者と安全につながりながら自立できる仕組みづくりを目指す同朋大学社会福祉学部の宮地菜穂子准教授と、プロジェクトでアプリ開発を担当する中京大学工学部の曽我部哲也准教授に話を聞いた。

孤立・孤独のリスクを可視化
70%超がアフターケア望む

 名古屋駅からバスで約25分、庄内川に近く、周囲には公園も多い地域にある同朋大学。ここで子ども家庭福祉学を研究している宮地菜穂子准教授には、児童指導員として児童養護施設での勤務経験がある。施設や里親家庭で過ごしたケアリーバーは原則18歳で自立を余儀なくされる一方で、アフターケア体制が十分でないという課題を抱えている。実際、厚生労働省が2021年に発表したケアリーバーを対象とした初の全国調査結果でも、施設などのサポートを受けていない人は5人に1人に上っている。

 宮地さんは、ケアリーバーと支援者がつながることで、社会的孤立や孤独に陥ることを防ぐ仕組みづくりに取り組んでいる。2022年にはRISTEXの「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(社会的孤立・孤独の予防と多様な社会的ネットワークの構築)」に採択された(図1)。

図1:プロジェクトの全体構想図。施設や里親の元にいる時から支援者や地域とつながっておくことで、退所後も途切れることなくつながりを持ち続けることができる仕組みの構築を目指す。

 プロジェクトは愛知県と福島県を対象とし、3つの研究開発を行っている。1つ目が、ケアリーバーや支援者などの実態調査と社会的孤立・孤独に陥るリスクの可視化。2つ目は、ケアリーバーの生活状況などをチェックする評価手法の開発。3つ目がケアリーバーと施設職員や里親などの支援者が必要な時に安全につながれるアプリケーションの開発だ。

 被措置児童、つまり施設入所中の15歳以上で中学既卒の児童を対象とした実態調査では、全体の60パーセント以上の児童が自立後に不安を感じていること、70パーセントを超える児童がアフターケアを望んでいることがわかった。これまで「ケアリーバーはアフターケアを求めていないのではないか」という一般の方の声もあったため、実態調査で実際の支援ニーズを確認できたことは大きな収穫だったと宮地さんは語る。

 評価手法の開発においては、先行研究での調査と新たに実施した実態調査結果の両方を踏まえて、日常生活のスキルや生活状況の変化についてチェックリストを作成。調査・検討を継続して孤立指標の確立も目指す。さらに、完成した孤立指標については、開発したアプリで活用し、評価結果は今後論文発表を予定している。

機能を制限し、適切な距離保つ
5つのカテゴリーで権限に違い

 プロジェクトで開発したアプリは「きずなコネット」と名付けられた。宮地さんらの要望を聞きながら、中京大学の曽我部哲也准教授が中心となり設計・開発に取り組んでいる。きずなコネットが既存の連絡手段やコミュニケーションツールと決定的に違う点は「子どもや若者同士で自由につながることができない」ことにある。

 ケアリーバーにとって、自分の子ども時代を知っている人とつながり続けられることには大きな意味がある。しかし、私たちの多くが利用するチャットアプリなどのSNSは、誰とでも自由につながることができ便利な反面、閉ざされた連絡手段を悪用して犯罪に巻き込まれたり、逆に情報がオープンになるとプライバシーが守られないリスクもある。また、虐待やネグレクトといった逆境的小児体験があるケアリーバーの多くは、適切な距離感をとるのが苦手な傾向がある。24時間いつでも使用可能な既存ツールでは、昼夜を問わずダイレクトに来る連絡が支援者の負担になる可能性もある。

 そこで、きずなコネットでは「あえて機能を制限し、適切な距離を保ちながら安全につながれる設計にしています」と曽我部さんは話す。アプリのユーザーを「マネージャー」「支援者」「伴走者」「ユース」「こども・若者」の5つのカテゴリーに分けて、権限に違いを持たせている(図2)。職員や里親などの「支援者」から招待されて、ユーザーは初めてアプリに登録できる。元職員やボランティアスタッフなどには「伴走者」というカテゴリーを用意した。また「地域設定機能」によって、地域の支援団体はケアリーバーの連絡先を知らなくても、仕事支援や住居支援、食料支援などの有益な情報を、ケアリーバーに直接届けられる。

 現在アプリは実証段階だが、動画送信、通話、災害時などに役立つ安否確認といった、新たな機能の要望もあるという。どのような機能なら安全かつ使いやすいのか、宮地さんと曽我部さんらで議論を重ね、バージョンアップに取り組んでいる(図3)。

図2:きずなコネットの5つのユーザーカテゴリー。ユーザーを招待できるのは「支援者」以上のみ。また「ユース」「こども・若者」ではお互いにつながれないようになっている。 

図3:きずなコネットはPC、スマートフォン、タブレットで使用できる。2025年7月現在、「コミュニケーション(つながり)」「インフォメーション(情報提供)」「生活・健康度チェック」「地域設定・お知らせ・相談」の4つの機能が用意されている。

広域検討委員会を立ち上げ
キーパーソンや施設と連携 

 きずなコネットの2025年7月現在の実証実験アカウント数は201で、まずはマネージャーや支援者を中心にアプリの仕様について検討してもらっている。この他に「ユース」が35、「こども・若者」は14のアカウントがある。名古屋市を除く愛知県、福島県が中心だが、長野、熊本、福井などの各県からも参加が始まっているという。宮地さんらは25年度から「きずなコネット広域ネットワーク検討委員会」も立ち上げ、各専門分野の有識者と意見を交わしながらより広い地域での研究成果の社会実装を目指して検討を始めている。

 退所直後につながりが途絶えてしまう実態から、相談・支援や施設などとのつながりの重要性はこれまでも指摘されてきたというが、そのために措置中からつながりを維持し、支援体制を構築する具体的な解決策は存在しなかった。きずなコネットの開発によってつながりが維持され、アプリを活用することで支援体制の構築も実現の可能性が広がる。アプリ開発と自立支援体制の構築は「両輪」であり、今後も両者を並行して進めていきたいと宮地さんは語る。

 RISTEXのプロジェクトは2027年3月で終了する。それまでに、他地域のキーパーソンや児童養護施設・地域の支援団体などと積極的に連携し、ネットワークを構築していく予定だ。ただし、最終的に目指している入所中からの切れ目ないケアリーバーの支援体制の確立には、どんなに早くてもプロジェクト終了から5年はかかると宮地さんはみている。日本では、少子化が大きな社会問題になっているが、宮地さんは「ケアリーバーや被措置児童など今存在している大切な命を社会全体でしっかりと育むことが大切。子どもは宝であり、未来だという認識をみんなで共有していきたい」と訴える。

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