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科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第37回

【JSTnews10月号掲載】特集2

若手女性研究者が魅せられた、新たな物質作りと制御への挑戦

2025年10月09日 12時00分更新

文● 荒舩良孝 写真●島本絵梨佳

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 身の回りのものを研究し、新たな性質を持つ物質を作ることは、社会をより便利にする製品の登場につながる。対象の性質を調べたり、新たな物質を探求したりする学問を「物性物理学」といい、近年はトポロジーという概念の導入により研究が盛んに行われている。理化学研究所創発物性科学研究センターの藤代有絵子理研ECL研究ユニットリーダーは、トポロジーの幾何学的な性質を生かした電子物性の研究を通じ、次世代へつながる材料の開発を目指している。

小学校に入る前から研究者志望
ロマンよりも「生活をより良く」

 普段私たちが手にする物質は、膨大な数の原子や分子が集まってできている。それぞれの物質の性質は、原子や分子の中にある電子の動きに大きく左右される。例えば、鉄や金、銀などの金属は、内部を自由に動ける電子がたくさんあるので、電気や熱の伝導率は高くなる。一方で、ゴムやガラスは、自由に動ける電子がないため、電気を通さない絶縁体となる。さらに、条件によって電気を通したり、通さなかったりする物質は半導体と呼ばれる。

 半導体は、私たちの身近にあるスマートフォンやパソコンに欠かせない存在だ。他にも、LEDやDVD、液晶パネル、太陽光パネルなど、物性物理学の研究によって社会へ生み出された製品は数えきれない。

 理化学研究所の藤代有絵子理研ECL研究ユニットリーダーも、新しい機能を持った物質の開発に挑んでいる。特に、トポロジー理論を用いて固体の中にある電子の振る舞いや性質を調べる最先端の研究において、目覚ましい成果をあげている。藤代さんは、コンピューターサイエンスの研究者だった両親の影響を受けて、小学校に入る前から研究者になりたいと思っていたという。「幼い私にとって、科学は夢やロマンというイメージでした。ですが、大学の講義で科学を使って生活を良くしようとする人たちがいることを知り、物性物理学を専攻することに決めました」と振り返る。

コラム:物性物理学とトポロジー
 数学の1分野としてのトポロジーは、マグカップを変形してドーナツ状の形にしても、穴はひとつであるという性質が変わらないように、ある形や空間を連続的に変形させても保たれる性質に注目して研究する学問だ。マグカップとドーナツのように連続的に変形させて到達できる場合は「同じ位相を持つ」といい、穴のない球とドーナツのように変形しても到達できない場合は「位相が異なる」という。

 物性物理学は長い間、個々の物質の電子のバンド構造やスピン構造の特徴に注目していた。しかし、トポロジーは、物質中の電子が作るバンド構造やスピンの構造の「ねじり」に注目し、それを特徴づける新しい量である「トポロジカル不変量」という新しい概念を導入することによって、従来の理論では説明できなかった現象を説明したり、予言したりできることが明らかになった。現在では、ナノスケールの磁気渦構造や、絶縁体、導体、半導体の枠に収まらない新たな物質群の性質を理解する上で、必要不可欠な概念として注目されている

磁石が渦巻く「スキルミオン」
情報ビットへの応用など期待

 物質の中にある電子の集団は、時に既存の電磁気学の知識では理解できない振る舞いをすることがある。そのひとつが「スキルミオン」と呼ばれる構造だ。電子には「スピン」という性質があり、物質の磁気的な性質と深く関わっている。多くの物質ではスピンの方向がばらばらになっているので磁力を持たないが、鉄など一部の物質ではスピンがひとつの方向にそろうことで磁力を持つようになる。

 スキルミオンは、物質中にある数千個の電子が集まって、スピンの向きが渦を巻いた状態になっている。スキルミオンが形成されると、物質の中を動く電子だけが感じる磁場が発生するなど、磁石の相でも非磁石の相でもない、新しい相の性質が現れる。

 スキルミオンは、もともと原子核物理学において提唱された粒子モデルだったが、後に物性物理学の分野で注目を集め、2009年に物質の中でスキルミオンの存在が確認された。さらに、2016年に相転移の仕組みをトポロジーの理論で解明した3人の物理学者がノーベル物理学賞を受賞したことも後押しとなり、現在世界中でトポロジカル物質の研究が進んでいる。

 なかでも、スキルミオンをはじめとするトポロジカル磁気構造は、電子と結合して固体中に「創発磁場」と呼ばれる仮想的な実効磁場を発生させ、電子の運動に劇的な影響を与えることが知られている。そのため、この仕組みを解明し、電子の動きを制御することはさまざまな電子デバイスの基礎となる重要な課題となっており、次世代記録媒体や省エネルギーデバイスの他、従来のデバイスの超小型化につながると期待されている。

相転移に魅せられた学生時代
世界一高密度なスピン構造発見

 藤代さんは超高圧や強磁場などの極限状態を駆使して、これらのトポロジカル磁気構造が相転移する際に起こる未知の電子性質の解明に取り組んでいる。藤代さんの研究成果のひとつは、スキルミオン構造を持つトポロジカル物質「マンガンケイ素(MnSi)」と、ヘッジホッグと呼ばれるハリネズミ型のスピン構造である創発磁気モノポール構造を持つトポロジカル物質「マンガンゲルマニウム(MnGe)」の固溶体MnSi₁-XGeₓの合成に成功したことだ(図1)。

図1:MnGeにおけるトポロジカル磁気構造体(ヘッジホッグ・反ヘッジホッグ)とそれらが電子に与える仮想磁場の分布。MnGeに存在すると考えられている磁気モノポール・磁気反モノポールは、固体中に40テスラという巨大な仮想磁場を生み出し、仮想磁場の大きな揺らぎによって、電子の運動が大きく影響を受けることがわかった。

 学生時代から相転移の魅力に取りつかれていると語る藤代さんはある日、MnSiとMnGeの中間の固溶体はどのような構造をとるのか疑問に思った。つまり、マンガン、ゲルマニウム、ケイ素を混ぜた物質では、どのようなトポロジカル磁気構造が作られるのかということだ。

 藤代さんは、ゲルマニウムとケイ素の比率を段階的に変化させた試料をいくつも作成し、実験を繰り返した。普通の圧力ではうまく混ざらないので、6万気圧ほどの超高圧をかけ、数百度まで加熱(図2)。そうして作った物質の中に、新しいトポロジカル磁気構造ができていることを発見。スキルミオン構造が創発磁気モノポール構造に変換される過程を明らかにした。

「この構造は、当時、世界で一番高密度なスピン構造で、物質の中でより大きな磁場を作れるものでした。自分の力で初めて新しいものを作ることができ、大きな自信につながりました」と藤代さんは力強く語る

図2:トポロジカル物質を作る時に使用するプレス機。圧力をかけながら加熱することで、最大で8万気圧、1400度にできる。

壊れにくい構造を壊して成果
廃熱を効率利用する装置に道

 トポロジカル構造は、一度できると安定して存在するものが多い。そのため、その状態を壊そうとすると大きなエネルギーが必要になる。固体の氷が液体の水に変化するために、熱エネルギーが必要になるようなものだ。藤代さんは、トポロジカル物質であるMnGeに強い磁場を与えてそのスピン構造を壊すとどのような現象が起こるのかを検証。その過程で巨大な磁気揺らぎが生じ、熱電効率と呼ばれる、熱を電気に変換する効率が通常の金属化合物より1桁大きくなることを見いだした。「壊れにくいと言われると、何とかして壊したくなってしまい、その結果得られた成果です」と藤代さんは笑う。

 私たちは、電気エネルギーなどさまざまなエネルギーを消費しながら生活している。一方で、電気エネルギーの全てを仕事に変換することはできず、電化製品が使用中に熱くなるように、一部が熱エネルギーとなって消失する。藤代さんが発見したトポロジカル磁気構造体における巨大な熱電効果は、全く新しい高効率の熱電変換の原理として、廃熱などをより効率的に使用する装置へ応用できる可能性があるのだ。

 これまでの成果により、2025年には第4回「羽ばたく女性研究者賞(マリア・スクウォドフスカ=キュリー賞)」で最優秀賞に輝いた(図3)。「まさか自分が、と受賞の知らせを聞いた時は驚きました。今後は世界にもネットワークを広げながら研究を続けていきたいですし、これをきっかけに物性物理学をたくさんの人に知ってほしいです」と喜びを語る。

図3:授賞式で高円宮妃殿下よりトロフィーを授与される藤代さん(右)。駐日ポーランド共和国大使館提供。

超高圧環境での物性を探索
常識にとらわれない新物質を

 現在、藤代さんは超高圧環境をはじめとする極限環境で新しい性質を持った物質の創出に挑んでいる(図4)。特に興味があるのは、超伝導物質だ。超伝導は、電気抵抗がゼロになる現象で、1911年に水銀で発見されたことからその歴史が始まり、研究が進んでいる。それでも、超高圧環境での物質の物性は未知の部分が多い。藤代さんが調べただけでも、状態が変化する相転移が起こっていることがわかっている。今後は、これまで手がけてきたトポロジカルなスピン構造だけでなく、新たな超伝導物質も探索していく計画だ。

図4:藤代さんが実験で作った物質の写真。トポロジカル物質は「物質の中の素粒子」と呼ばれることもあり、この中に宇宙のようなものが詰まっていると考えるとワクワクすると藤代さんは語る。

 これまでの物質の研究は、私たちが普段生活している1気圧の状態が中心だったが、常圧の世界だけで新しい物質を探すのは限界がある。「地球上で暮らす私たちは、1気圧の環境が当たり前のように思っていますが、物質にとっては異なる環境の方が本来の力を発揮できる可能性があるかもしれません。常識にとらわれずに、面白い新物質を探していきたいです」と展望を語る。

 子どもに科学の楽しさを伝える活動にも興味があると話す藤代さん。「研究者になろうと思ったきっかけを同僚の研究者に聞くと、小学1~2年生の頃の話をする人がたくさんいます。その年代の子どもたちと触れ合うことで、科学に興味を持ってもらい、研究者を気軽に目指せる環境をつくっていきたいです」とアウトリーチ活動にも意欲を示す。トポロジーから新しい物性物理学を切り開く藤代さんが、どのように羽ばたいていくのか楽しみだ。

第5回 羽ばたく女性研究者賞(マリア・スクウォドフスカ=キュリー賞)募集中
 JSTは、羽ばたく女性研究者賞(マリア・スクウォドフスカ=キュリー賞)の募集を10月1日(水)より開始しました。この賞は国際的に活躍が期待される日本の若手女性研究者を対象に、JSTと駐日ポーランド共和国大使館の共催で2021年度に創設された表彰制度です。ポーランドが生んだ偉大な女性研究者、マリア・スクウォドフスカ=キュリーが30歳台前半での功績を認められノーベル賞を受賞したことにちなみ、その名を冠しており、Early careerの女性研究者が研究を継続し、世界に大きく羽ばたくことを応援します。

応募期間:2025年10月1日(水)~12月10日(水)日本時間正午まで
応募要件:
●2026年4月1日時点で博士学位取得後5年程度まで※の女性研究者(ポスドクを含む)、大学院生(博士後期課程)、およびこれらに相当する者。
※ライフイベント等による研究活動休止期間を勘案する
●科学技術に関連する幅広い研究分野を対象
●国籍:日本、居所:不問
表彰内容:【最優秀賞(1名)】副賞100万円、ポーランドの研究機関訪問の渡航・滞在費を支給
【奨励賞(2名)】副賞各50万円
https://www.jst.go.jp/diversity/researcher/mscaward/index.html

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