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科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第3回

【JSTnews5月号掲載】続々・ムーンショット特別インタビュー 2050年を描く

世界中から注目される日本のフュージョンエネルギー研究の未来

2025年05月23日 07時00分更新

文● 出沢良樹

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吉田 善章 YOSHIDA ZENSHO

 日本発の破壊的イノベーション創出を目指し、2020年からスタートしたムーンショット型研究開発事業。今回は、23年に新たに設定された目標10 「2050年までに、フュージョンエネルギーの多面的な活用により、地球環境と調和し、資源制約から解き放たれた活力ある社会を実現」を紹介する。 70年余りにわたって世界中の研究者たちが挑戦してきたフュージョン(核融合)エネルギーの社会実装が目標だ。プログラムディレクターの東京大学大学院数理科学研究科の吉田善章特任教授(核融合科学研究所名誉教授)に、日本科学未来館科学コミュニケーター出沢良樹が聞いた。

出沢 良樹 DEZAWA YOSHIKI

燃料は海水中に豊富な重水素
紛争低減や宇宙開発に寄与

出沢 「フュージョンエネルギー」とは、あまりなじみのない言葉ですが、どのようなものでしょうか。

吉田 この言葉は、欧米に合わせる形で2023年から政府で使用されています。みなさんには「核融合エネルギー」と言った方がなじみ深いかもしれません。核融合とは、水素の同位体などの軽い原子核が融合し、より重い原子核へと変化する反応で、この時大量のエネルギーが放出されます。太陽が燃えているのもこの核融合反応によるものです。

出沢 核融合にはどんな特徴があるのでしょうか。

吉田 1つは燃料供給の安定性です。核融合の燃料である重水素は海水中に豊富に含まれる軽い元素であり、枯渇や産出地域の偏在による供給リスクがほとんどありません。もう1つはエネルギー供給の自立性です。核融合は燃料の採取から発電、電力の供給までをまとまったシステム内で完結できるため、燃料輸送や供給の途絶といった外部要因の影響を受けにくいのが特徴です。

出沢 フュージョンエネルギーが実用化されると、社会はどのように変化するのでしょうか。

吉田 現在の主要なエネルギー資源である化石燃料は特定地域に偏在し、その争奪が国際的な対立の要因となることもあります。しかし、フュージョンエネルギーは海水から燃料を得られるため、資源の偏在性を低減でき、紛争の原因を減らせます。また、エネルギー供給の安定化により、新たな産業や技術の発展を後押しします。特に、宇宙開発や深海探査、そしてデジタル空間の開拓など、従来のエネルギー源では供給が困難だった分野において、フュージョンエネルギーは強力な推進力となるでしょう。

発電以外への応用も視野に
大規模装置の小型化が課題

出沢 目標10では2050年にどんな社会を目指しているのでしょうか。

吉田 このプロジェクトは、核融合炉の研究開発を加速させるとともに、核融合の多面的な応用を目指しています。従来は発電を主な目標としてきましたが、電力会社の送電網につなげず電力を自給自足する「オフグリッド」での利用や水素製造など、新たなエネルギー供給システムも視野に入れています。また、核融合反応で生じる粒子を医療や放射性廃棄物処理に活用するなど、エネルギー分野を超えた応用も検討しています。

出沢 計画を進める上で、課題はありますか。

吉田 核融合の実用化に向けた課題の1つが装置の小型化です。現在、高温に加熱したプラズマで核融合反応を起こすことで、投入したエネルギーよりも多くのエネルギーを取り出すことはほぼ間違いなくできるだろうと考えられています。しかし、これは炉のサイズが十分に大きい場合を想定しています。経済的に採算を取るためには小型化が必要ですが、小型化するとプラズマが冷めやすくなり、高温を維持することが難しくなってしまいます。

出沢 なるほど。どれほどの小型化が可能なのか、これから挑戦を進めていくわけですね。

吉田 国際熱核融合実験炉(ITER)などの大規模実験炉は、建設に10年以上、数兆円の費用がかかるため、試作機の開発は慎重に進める必要があります。そこで核融合科学研究所の星健夫プロジェクトマネージャー(PM)のプロジェクトでは、シミュレーションとAI技術を活用し、設計や性能試験をデジタル空間で実現する「デジタルラボラトリー」の構築を目指しています。

出沢 つまり、シミュレーションを活用して、事前に可能な限りの検証を行うということでしょうか。

吉田 その通りです。さらに、九州大学の木須隆暢PMは、核融合炉の小型化や経済性の向上に向けて、その鍵を握る技術の1つである、強磁場超伝導マグネットの小型化と高性能化を目指しています。また、核融合炉の運用には高エネルギー中性子の照射など、極めて過酷な環境に耐えうる材料が必要であるため、理化学研究所の奥野広樹PMは、加速器技術の破壊的イノベーションによって、長寿命かつ高耐久の材料開発・試験システムの開発を進めようとしています。

世界全体で共有すべき技術
学際的なアプローチがカギ

出沢 先生自身は2050年の核融合技術の発展をどのように見ていますか。

吉田 目標10は2030年半ばまでの研究開発期間を予定していますが、そこで得られた技術や知識が産業界に引き継がれることが重要だと思います。研究者だけでなく、産業界が実用化に向けて継続的に発展させていくことが必要です。この事業の成果が「ツール」となって産業界で活用され、フュージョンエネルギーの多様な応用が実現されている社会を期待しています。

出沢 日本だけでなく、世界でも核融合炉の開発が加速しています。その中で、日本はどのような役割を果たすべきでしょうか。

吉田 日本は核融合研究において国際的に高い評価を得ています。核融合技術は1つの国が独占するものではなく、世界全体で共有すべき技術です。そのため、日本は国際協調のリーダーシップをとり、各国との信頼関係を築きながら技術を実装していくことが求められます。

出沢 最後になりますが、先生は核融合研究のどんなところに魅力を感じていますか。

吉田 核融合は非常に複雑な物理現象で未解明な部分が多い技術です。そのため、異分野の研究者の参入が不可欠であり、学際的なアプローチがブレークスルーのカギになります。PMやアドバイザリーボードを物理の諸分野、材料科学、データ科学などの幅広い分野から招いているのもそのためです。課題を自ら設定し、多様な分野の人たちと協力しながら、未知の領域へ挑戦できることが、この研究の魅力だと感じています。

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