「ミッションクリティカルのモダナイズ」が本格化、生成AIのビジネス活用にも強力な布石を打つ
「日本のためのクラウド」とは? 日本オラクル三澤社長が新年度戦略を説明
2023年07月10日 07時00分更新
日本オラクルは2023年7月6日、同社2024会計年度(FY24、2023年6月~2024年5月期)の国内事業戦略に関する記者説明会を開催した。同社 社長の三澤智光氏は、クラウド事業の大きな成長が見られた昨年度(FY23)の成果を振り返るとともに、新年度の重点施策として「日本のためのクラウドを提供」「お客様のためのAIを推進」という2つのテーマを掲げた。
「ミッションクリティカルの近代化」でIaaS/PaaSとSaaSの両方が高い成長
三澤氏はまず、グローバルのオラクルにおける昨年度(FY23)の業績について紹介した。年間総売上は前年度比22%増となる500億ドル(約7兆円)に達しており、特にクラウドビジネスの伸びが大きかったという。
「非常に好調な決算発表が行えた。グロース(売上成長)の一番大きなエンジンがクラウド事業で、第4四半期を見ると対前年度比で55%の増加。分野別ではIaaS/PaaSが77%、SaaSも47%と、クラウドの競合他社に比べてかなり大きなグロースを達成しており、シェアのゲイン(獲得)も始まっていると感じる」
日本市場においても、FY23は過去最高の売上高を記録する好調な1年だったという。グローバルと同様にクラウドビジネスが大きく伸びたことに加えて、データベースを中心としたソフトウェアライセンスのビジネスも引き続き好調だったと語る。
「クラウド移行が進むことで、ソフトウェアの年間保守料の売上が減っていくと考えていたが、実際には減るどころか少し増えた。これはうれしい誤算だった」
1年前、昨年度の事業戦略説明会で、三澤氏は日本国内向けに「5つの重点施策」を掲げていた。
中でも、基幹システムのクラウド移行を促す「ミッションクリティカルシステムの近代化(モダナイゼーション)」については、この1年間、IaaS/PaaSの「Oracle Cloud Infrastructure(OCI)」、SaaSの「Oracle Fusion Cloud Application Suite(Fusion Cloud)」の双方で多くの顧客事例が獲得できたことを紹介した。
今後の取り組みについて三澤氏は、その大前提として「レガシーモダナイゼーションが必須」であることを強調した。レガシーはそのまま“塩漬け”にしておけばよいという考えでは、今後の新しいビジネスモデルやIT環境に追従することができなくなり、「日本の競争力がより劣ってくることになる」(三澤氏)。レガシーシステムが格納する「ヒト・モノ・カネ」の重要データを利活用できる仕組みを整えることは、日本の競争力向上のために必須という考えだ。
加えて、今後5年、10年に予想される技術進化にも留意すべきだと指摘する。三澤氏は、特に今後5~7年間は「生成AI」が大きなドライバーとなってエンタープライズITの技術進化が進むと見る。システムをモダナイズせず技術進化に追従できなければ、大きな技術的負債がたまり、それが「深刻な格差」を生むことになると警告する。
「ERP業界のコスト構造」など日本特有の要件/課題に対応するクラウドを提供
日本オラクルのFY24重点施策として、三澤氏は「日本のためのクラウドを提供」と「お客様のためのAIを推進」という2つを挙げた。
「日本のためのクラウドを提供」は、具体的には5つの取り組みを包含する施策である。あえて「日本のための」クラウドと表現しているのは、日本特有の要件や課題に対応するものだからだ。
まずは日本の顧客要件に適合する「専用クラウド」の提供だ。オラクルでは、顧客データセンター内でOCIのサービスを提供する「OCI Dedicated Region」、各国のローカルパートナーが自社データセンターから第三者にクラウドサービスを提供できる「Oracle Alloy」をラインアップしている。いずれも顧客/パートナー自身でコントロールできる要素が大きい点が、他社との違いだと説明する。
三澤氏は、OCI Dedicated Regionの導入事例として野村総合研究所(NRI)を紹介した。NRIは以前からDedicated Regionのファーストカスタマーとして紹介されてきたが、今年4月にはリテール証券会社向けバックオフィスSaaS「THE STAR」の運用基盤としてDedicated Regionを採用したことを発表した。三澤氏は、このシステムは国内の個人証券口座管理の約50%を担う高度にミッションクリティカルなシステムだと説明したうえで、そうしたシステムが「クラウドテクノロジーを使って安定稼働できる時代になってきた」と語る。
三澤氏は、そもそもミッションクリティカルシステムのテクノロジーは、一般的なパブリッククラウドのテクノロジーとは「相性が悪い」と指摘する。一方で、オラクルは“後発クラウドベンダー”という強みを生かし、ミッションクリティカルワークロード向けのクラウド基盤を再設計し、提供した。これにより、NRIのようなミッションクリティカルシステムをクラウドで動かす事例が可能になったと説明する。
なお三澤氏は、ミッションクリティカルシステムのマイグレーション案件について、「NRIと同規模の話はすでに数件、同時並行で行っている」「今年中に同規模のマイグレーションを行おうと意思決定いただくお客様も増えている」と語った。
さらに、Alloyについては「日本市場こそAlloyのようなモデルを欲しているのではないか」との見解を述べる。「信頼できる国内パートナーに運用してほしい」という顧客企業のニーズ、「自社独自のサービスや運用スキルを付加価値としてクラウドサービスを提供したい」というパートナー企業のニーズの両方に対応できる新たな提供モデルだからだ。
一方、アプリケーション領域では「クラウドネイティブSaaS」と「ERPにまつわる従来型コスト構造からの開放」を挙げている。
後者について三澤氏は、「日本のERP業界のコスト構造に本気でチャレンジしていかないといけない。5年、10年のライフサイクルで考えると、ERPは本当に“金食い虫”だと思う」と語気を強める。導入時のコストだけでなく、5~7年ごとのバージョンアップコスト、膨大なアドオンの移行コストなど、従来のオンプレミス型ERPは多額の導入/運用コストがかかっていた。Fusion Cloud ERPを“Fit-to-Standard”型で提供することにより、その解消を図っていくとしている。
生成AI向けクラウド基盤「OCI Supercluster」を軸にAI活用を促進
もうひとつの重点施策である「お客様のためのAI」も、前述の「日本のための」クラウドと同じように、ポイントは「お客様のための」という言葉にあると言える。
三澤氏は、AI関連の詳しい戦略や新サービスは今年9月開催の「Oracle CloudWorld(OCW)2023」で発表すると前置きしつつ、現時点でオラクルが提供できるAI関連サービスや機能を、SaaS/PaaS/IaaSのそれぞれについて紹介した。
特に強調したのは、加速度的に巨大化しているAIモデルの学習処理を高速かつ低コストに実現する「OCI Supercluster」だ。超高速/低遅延のRoCEv2 RDMAネットワークを介して、「NVIDIA A100 GPU」なら最大3万3768個、「NVIDIA H100 GPU」なら最大1万6384個という巨大なクラスタを構成できる。三澤氏は、実際のベンチマークではノード数を拡張してもパフォーマンス低下がほぼ見られないこと、さらに他社クラウド比で学習時間、学習コストとも大幅に抑えられた事例があることを紹介した。
こうした大規模AI開発向けのインフラを提供することで、多くのAIベンチャーがOCIを選択していると三澤氏は説明する。たとえば6月にパートナーシップ締結を発表した、エンタープライズ向けAIプラットフォームベンダーのCohere(コヒアー)もその一社だ。CohereはOCIを使って生成AI/LLMの開発に取り組み、オラクルはCohereのテクノロジーを用いた企業向けの生成AI開発サービス、生成AIのテクノロジーを組み込んだSaaSやデータベースサービスなどを提供していく計画だ。
すでにFusion Cloud SaaSには、生成AIによる機能も組み込まれつつある。現在“SaaSの生成AI連携”はある種のトレンドにもなっているが、三澤氏はFusion Cloudならではの特徴として「同じOCI基盤で稼働する生成AIとの連携」「シングルデータモデルのERP/HCM/CXによる全体最適化」「四半期ごとのバージョンアップによる最新技術利用」を挙げた。なお同日には、Fusion Cloud HCMにおける生成AI機能も発表している。
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なお三澤氏は、昨年度はパートナーのOracle Cloud資格保有者を7割増加させることができたが、それでも「実はまだまだ足りていない」と語った。そのため「いま一番重要視しているのは、クラウドのデリバリースキルセットを持ったエンジニアの育成。パートナー様にはそれをお願いしている」という。
「旧来型のERPとクラウドネイティブなERP SaaSの導入手法は明らかに違うし、本当の意味のFit-to-Standardでアプリケーション環境を提供できるエンジニアはまだまだ足りていない。インフラ(IaaS/PaaS)についても同様で、複雑なオンプレミス環境のクラウド化、特にNRIさんのような大規模なクラウド化というのはとてつもないノウハウが必要だ。そこで、われわれが持つノウハウをメソドロジー化してパートナー様とシェアすることで、エンジニアをちゃんと育成してほしいというお願いをしている」