この数年で「AWSジャパンはすっかりIBM化した」ように感じている。そして、この「IBM化」という表現を、自分では半分揶揄のつもりで使っていたが、残りの半分にどのパーツが当てはまるのかしっくり来なかった。しかし、先日の日本IBMの社長と会食に参加して、別の意味が加わった。これは極私的に感じたIBM化という表現の言語化である。
正直、最初は揶揄だった「IBM化」の意味
先に言っておくと、AWSジャパンがIBM化しているというのは決してウソではない。ご存じの通り、日本IBM出身者は、ベンダーやユーザー企業などさまざまな立場で、現在のIT業界を支えているが、今のAWSジャパンも元日本IBMの比率はかなり高い。発表会やイベントに登壇している役員クラスを調べただけでも、パートナーアライアンス統括本部長 渡邉 宗行氏、デジタルトランスフォーメーション統括本部長の広橋 さやか氏などは日本IBM出身。もちろん前職でない方々、一般社員を含めるとかなり多いはずだ。
外から見てもわかるくらいのこのIBM化はシンプルに考えて、AWSジャパン自体がエンタープライズに力点を置くようになってきているからにほかならない。自治体や官公庁などいわゆるパブリックセクターへの注力も目に見える変化だ。6月に開催されたAWS Summitの初日の基調講演でも、初代デジタル大臣の平井卓也氏や浜松市や神戸市の首長が登壇する官公庁・自治体パートは全体の半分以上に及んだ。
エンタープライズやパブリックセクターでのIT導入は、テクノロジーの優劣だけでは割り切れない世界でもある。その影響か、この数年の記者発表会は以前のようにテクノロジーやプロダクトの発表、解説、事例はなりを潜め、施策やアライアンスの発表が増えた。個人的に取材していたJAWS-UGのエンジニアが熱狂する内容とやや方向性が異なることもあり、正直AWSジャパンのプレスイベントから自然と足が遠のいた。もちろん、会社としては今も開発者やエンジニアを惹きつけるようなコンテンツやイベントは数多く提供されているのだろうが、少なくともテクノロジーメディアは参加者には入っていない。
そういった背景があったので、冒頭の「AWSジャパンがIBM化した」という意味は、正直言って揶揄であり、ひがみでもあった。よく言えばフォーマル、悪く言えばかたい会社になったなと。Tシャツのエンジニアがテクノロジーを語るのではなく、スーツ姿のビジネスパーソンがパートナーシップや施策を語る会社になったよねという皮肉でもある。IBMのみならず、オラクルやマイクロソフトなど大手IT外資企業が醸し出す「エンプラ臭」に、ついにAWSジャパンも取り込まれたのかという感想からの「IBM化」だったのだ。つい1週間前までは。
社長との会食で思い知った老舗IBMのすごみ
実は先日、複数のメディアの記者とともに、日本IBMの山口明夫社長と会食する機会を得た。普段からIBMを追っている記者と、コロナ禍を経て久しぶりにコミュニケーションしたいという意図で、日本IBMの広報部が企画してくれたのだ。とはいえ、普段IBMの記事を書いたり、編集している同僚の大塚から「イビサさん、行ってきてね」とバトンを渡されたので、参加してきたというのが実情。つまり、最近IBMをきちんと追ってない立場で、日本IBM社長との懇親会に参加するはめになったのだ。
そんな引け目を感じつつ参加したのだが、結論から言うと、とても有意義な時間だった。久しぶりの同業者との話も楽しかったし、もちろん食事もおいしかったのだが、山口社長とのフランクな会話で、IBMというIT業界を長らくリードしてきた企業の強みや底力を改めて思い知らされたからだ。
たとえば、今IT業界を席巻するAI。いち早く先鞭を付けたのがIBMであることを疑う人は少ないはずだ。米国のクイズ番組で歴代チャンピオン2人にWatsonが勝ったのは2011年。それに先立つこと14年前の1997年には、ディープ・ブルーでチェスの世界チャンピオンに勝利している。AIの歴史は40年とも、50年とも言われているが、ビジネスへの適応を前提にここまで膨大な投資を行なってきた企業はIBM以外に知らない。
Linuxをはじめとするオープンソースソフトウェアへのコミットを一貫して続けてきたのもIBMであり、そのフィロソフィーはレッドハットの買収やOpenShiftへのフォーカスにもつながっている。また、量子コンピューティングの商用化にいち早く取り組んだのもIBM。コンシューマー分野においても、今のUMPCにつながるPalmTopだって、タブレットの元祖(?)になるCrossPadだってIBMだ。記者が「えっ?」という段階で新しい技術に手を付け、次世代のためにチャレンジと投資をずっと続けてきたのがIBMなのだ。
一方で、PCやx86サーバーのようなコモディティハードウェア事業は容赦なく切り離してきた。優位性の高かったはずの顔認証も「監視や人種による選別につながる可能性がある」と判断し、2020年には早々にやめてしまった。波乱の時代を内側から見てきたこれらの山口社長の話に、私は不器用ながら一徹なIBMのポリシーを感じた。そしてそのポリシーこそがIBMの強さだと思う。生成AIに関しても、そのインパクトを認めつつ、あくまでデータのガバナンスと信頼性にこだわった形でwatsonxを提供している。そして、日本では新会社Rapidusとともに2nm世代の半導体ビジネスにも乗り出す。つまり、現在進行形だ。
懇親会の帰り道に、変化した「IBM化」という意味
懇親会の帰り道、熱気と湿気を帯びた有楽町を歩きながら、私はIBMという会社の理解が浅かった自らの不明を恥じた。そして揶揄のつもりだった「IBM化」の半分は、次世代を見据えたチャレンジ精神と、エンタープライズ領域において信頼できる一徹さを持ち合わせるというポジティブな表現に自分の中で変化した。AWSジャパンに移ってきた元IBM出身者も、そのマインドセットと様式を色濃く受け継ぎ、新しいステージで日本の企業や社会変革に貢献したいと感じているに違いない。気がつけばAWSとIBMはいろいろな意味でDNAが似通ってきたように見えるのだ。
特にエンタープライズにおける信頼感の醸成はきわめて重要だ。提供範囲やサービスが横並び化してきた今のパブリッククラウドは、結局のところユーザー企業が事業者を信頼できるか、できないかにかかっている。その点、数多くのサービスを作っては、葬っているグーグルは、法人サービスの提供者として、まだまだ信頼感が足りない。一方で、AWSジャパンがIBMのDNAを取り入れて、足りない信頼感を補おうとしているのであれば、これはまさしく正常進化と言える。
IBM化したAWSがどう変化するのか、そしてIBMはどうなるのか? これはAIとクラウドが企業にどのような価値を提供してくれるのかを占うために重要な1つの視点だ。しかも、この数年、AWSとIBMとの提携は加速しており、さまざまなサービスで両者のテクノロジーが統合されてきていることを見逃すわけにはいかない。今後もしっかり注視していかなければと、改めて感じた。
大谷イビサ
ASCII.jpのクラウド・IT担当で、TECH.ASCII.jpの編集長。「インターネットASCII」や「アスキーNT」「NETWORK magazine」などの編集を担当し、2011年から現職。「ITだってエンタテインメント」をキーワードに、楽しく、ユーザー目線に立った情報発信を心がけている。2017年からは「ASCII TeamLeaders」を立ち上げ、SaaSの活用と働き方の理想像を追い続けている。
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