このページの本文へ

日本IBMがビジネスのためのAIプラットフォームについて説明

「ネットスケープモーメント」に登場した「IBM watsonx」の真価とは?

2023年05月30日 09時00分更新

文● 大河原克行 編集●大谷イビサ

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 日本IBMは、企業向け次世代AIプラットフォーム「IBM watsonx」について説明した。IBM watsonxは、5月9日(現地時間)から、米フロリダ州オーランドで開催した同社年次イベント「Think 2023」において発表されたもの。基調講演に登壇した米IBMのアービンド・クリシュナ会長兼CEOは、「ネットスケープモーメント」という言葉を用いて、生成AIが登場した現在の状況を表現し、「ネットスケープが登場したインターネット黎明期に似ており、今後の10年における大きな転換点になる」と語った。

日本IBMでの説明会

生成AI、データストア、ガバナンス対応を果たす3つのwatsonx

 IBM watsonxは、「IBM watsonx.ai」、「IBM watsonx.data」、「IBM watsonx.governance」で構成される。いずれもRed Hat OpenShiftが稼働するオンプレミスやクラウドで利用することができる。

watsonxのラインナップ

 「IBM watsonx.ai」は、従来の機械学習と、IBM独自の基盤モデルを活用した新しい生成AI機能を提供。学習、検証、調整、導入できるAI構築のためのオープンな企業向けAIスタジオとなる。モデル基盤ライブラリでは、Hugging Faceが公開しているオープンソースを基盤に取り込むことができる。

 日本IBM テクノロジー事業本部 Data and AIエバンジェリストの田中孝氏は、「タスクごとに数100万のラベル付きデータによって機械学習した従来のAIモデルが利用できるほか、IBMによる学習済み基盤モデルを活用できる。学習済み基盤モデルをそのまま利用するZero-shotプロンプティング、特定のタスクに対してチューニングを行なうFew-shotプロンプティング、一定量の学習データを加えて、より強いチューニングを行なうデータ駆動チューニングのアプローチに対応している。これにより、IBMが提供する基盤モデルの能力を十二分に活用しながら、企業固有の要件にあわせたAI活用が可能になる」と説明する。

 また、IBMでは、ひとつの基盤だけで、すべての企業のAI活用をカバーできるとは思っていない。目的とするタスクにあわせて、カスタマイズしたり、モデルの規模を複数提供したりすることで、ユースケースに最適な基盤モデルが提供できる」とした。IBM watsonx.ai は、2023年7月から提供を開始。10種類以上の基盤モデルを提供することになるという。

日本IBM テクノロジー事業本部 Data and AIエバンジェリストの田中孝氏

 「IBM watsonx.data」は、データとAIを管理するオープンレイクハウスアーキテクチャー上に構築されたデータストアであり、AIを構築する際に、それぞれの企業が持つデータをストアして、管理することができる。

 田中氏は、「IBM watsonx.aiに追加学習させるためのデータ供給基盤であり、同時に各企業が持つエンタープライズのデータ基盤となる。オープンレイクハウスアーキテクチャーとしていることから、安価なオブジェクトストレージのなかに、企業のデータを蓄積し、複数のクエリーエンジンからアクセスでき、データ管理コストとパフォーマンスのバランスが取れる。データ資産を分散して持つのではなく、IBM watsonx.dataで一元管理できる」などとした。2023年7月から提供を開始する。

 「IBM watsonx.governance」は、信頼できるAIワークフローを実現するAIガバナンスツールキットとなる。「AIモデルがどういうデータによって作られたのか、誰がデプロイし、どう本番で使われているのかといったことをしっかりと管理しながら、AIライフサイクル全体を統制していくことができる。本番で使われているAIモデルの挙動をモニタリングし、モデルの精度や公平性、バイアス、ドリフトを検知。AIを利用することによって発生する企業のリスクを低減することができる。さらに、AIに関する各種規制に対応して、ポリシーを定義し、準拠した活用が行なわれているのかを確認できる」という。2023年後半から提供を開始する。

コンシューマ向けの生成AIとは、攻めている領域が異なる

 IBM watsonxは、ビジネスのためのAIのプラットフォームであるという点が特徴だ。日本IBM 常務執行役員 テクノロジー事業本部長の村田将輝氏は、「watsonxは、ビジネスのためのAIのプラットフォームである。今後は、新たなAIとデータのプラットフォームが戦略の中心となり、すべての企業は、AI価値創造企業(AIバリュークリエイター)になることが大切である。日本IBMは、日本の企業に競争優位性を持ってもらうためにAIの活動を推進していく」と述べた。

日本IBM 常務執行役員 テクノロジー事業本部長の村田将輝氏

 日本IBMの田中氏は、「基盤モデルによるAI開発は、ひとつの巨大な基盤モデルを作成しておけば、翻訳や要約などの個々の用途向けAIは、少量のデータで追加学習し、チューニングすれば、最適なものが実現できる。だが、正確さ、透明性や説明性など、ビジネスに適したAIであるのかどうかを考慮する必要がある。IBM watsonxは、ビジネスのなかで利用するAIの開発における課題を乗り越え、企業固有のAIモデルを基盤モデルベースで作ることができる」と位置づける。

 その上で、「IBMのAI戦略は、基盤モデルの時代においても、一貫してビジネスのためのAIを提供することになる。ビジネスの現場で活用するには、AIの信頼性が必要であり、ビジネスの文脈を理解した挙動をしなくてはならない。また、各企業のビジネスプロセスに統合したAI活用ができなくてはならない。IBM watsonxはそうした点を考慮したものになっている。ChatGPTなどのコンシューマ向けの生成AIとは、攻めている領域が異なる」とした。

基盤モデルの利点と懸念

 また、日本IBM 執行役員 IBMフェローの二上哲也氏も、「一般的なAIでは、情報流出が懸念されたり、使用されるデータの出自が不明であったり、地政学的な課題があったりする。IBM watsonxは、オープンなAIであり、お客様固有のビジネスのためのAIを構築できる。金融機関のお客様固有のAI、国内製造業のお客様固有のAIといった形でも利用できる」とした。

日本IBM 執行役員 IBMフェローの二上哲也氏

 さらに、IBM watsonxは、複数の基盤モデルを活用できる点も特徴のひとつにあげる。

 田中氏は、「IBM watsonx.aiとIBM watsonx.data、IBM watsonx.governanceにより、IBMモデルの活用、オープンソースや他社のモデルの活用、自社固有のモデル開発といった複数のアプローチにより、各社固有のAIモデルの構築を支援できる。そこに自社固有のデータを加えて、自社の業務を理解したモデルを作れる。さらに、チューニングし、構築し、デプロイし、本番環境で利用しているAIをモニタリングし、保全することができる」と語った。

IBMソフトウェア製品の基盤ともなるwatsonx

 一方、IBM watsonxは、IBMのソフトウェア製品にも適用され、ITオートメーション、セキュリティ、サステナビリティなどの分野でも活用。従来のWatson製品シリーズも、watsonxをベースに改善が進むほか、IBMが提供しているデジタルサービス・プラットフォーム(DSP)にも、watsonxの機能を組み込むことも検討することになるという。

 田中氏は、「2023年後半から提供を開始するWatson Code Assistantでは、自然言語での命令に基づいてコードを生成する。当初はAnsibleコードの生成からサポートを開始するが、各企業固有のデータをWatson Code Assistantの基盤モデルに適用することで、コード提案の精度を向上させることもできる」とした。村田氏は、「現在はYAMLに注力しているが、今後は、JavaやCOBOL、PL/1にも対象を広げることで、日本の金融機関の勘定系システムなどで利用されているコードにも対応できる」などと述べた。

 さらに、先頃AI活用において提携を発表したSAPをはじめ、各社のソリューションにもIBM watsonxをベースにしたAIを提供することになるという。IBM社内でもwatsonxを活用しており、基盤モデルにIBMの人事規定を学習させ、人事に関する社員からの問い合わせに対応しているほか、Watson Code Assistantの活用により、社内システム開発の60%を自動生成しているという。

IBMソフトウェアのwatsonxの活用

 なお、IBM watsonxを発表したThink 2023では、GPUベースのAIスーパーコンピュータである「IBM Vela」も発表。NASAの地理空間モデルの学習に活用していることも明らかにしたほか、NVIDIAとの協業により、IBM Vela をベースにしたIBM Cloud上でのGPUサービスを提供。Red Hat Summit 2023においては、Watsonに含まれていたツール群をオープンソース化し、OpenShiftに統合したRed Hat OpenShift AIを発表したことも紹介した。

 さらに、1000人以上のAIエキスパートを擁するIBM Consulting Center of Excellence for Generative AIを通じて、企業とのAIによる共創を推進。IBMコンサルティングが2015年から実施してきたAI for Businessによって蓄積したノウハウやユースケース、デザイン思考などの手法を活用。パートナー各社のAIを組み合わせながら、ベストオブブリードで提案できる点も、IBMの強みになるとした。また、watsonxを最初に適用するための支援をAIエンジニアが無償提供する仕組みも用意したことも発表した。 

 村田氏は、「生成AIなどの活用が前提となる世界が広がっている。AIをビジネスに使っている企業は50~60%だが、過去5年間で2.5倍に増加している。IBMは、AIを付け足す+AIではなく、AI+(AIファースト)で、自社の価値をAIに変え、AI開発をスケールアップ、スピードアップしていく。IBMはこれまでにもビジネスのためのAIに力を注いできた。これからもその姿勢は変わらない」と述べた。

■関連サイト

カテゴリートップへ