ユニリーバ、インテル、ブーム・スーパーソニックが導入事例紹介、「SAP Sapphire 2023」レポート
アイスクリームから超音速旅客機まで、SAPが支え、変える最新のビジネス
2023年06月13日 07時00分更新
世界の商取引売上の87%は、何らかのかたちでSAPのシステムを経由していると言われる。SAPが2023年5月に米国オーランドで開催した年次イベント「SAP Sapphire 2023」では、多数の導入事例が紹介された。
本記事では、基調講演で紹介された消費財大手のユニリーバ(Unilever)、半導体大手のインテル(Intel)、旅客機ベンチャーのブーム・スーパーソニック(Boom Supersonic)の3社が、それぞれどのようにSAPを活用しているのかを見てみよう。合わせて、日本のSAPユーザーグループ代表が今回のSapphireをどう見たのか、そのコメントもお届けする。
ユニリーバ:SAPで「消費者トレンド」と「サプライチェーン」をつなぐデモ
イベント初日の基調講演で登場したのが、洗剤やシャンプーからアイスクリームまで、消費財メーカーとして400以上のブランドを展開するユニリーバだ。現在は世界191カ国、34億人の消費者が同社の商品を購入、利用しているという。
基調講演では、市場で需要が増えている「乳製品不使用」のアイスクリームを例にとり、SAP上で「顧客の購買トレンドデータ」と「サプライチェーン計画」を結びつけるライブデモを披露した。
まずは顧客データプラットフォームの「SAP Customer Data Platform(SAP CDP)」からだ。ユニリーバでは、SAP CDPを使って1億3000万人以上の同意済み顧客データを管理している。このデータプラットフォームから、個々の顧客の商品購入履歴、嗜好、オンライン/ソーシャルメディアの活動を見たり、全顧客のトレンド分析に基づき乳製品不使用製品への関心を測ったりしてフォーキャスト(予測)を出す。
トレンド予測の結果「乳製品不使用アイスクリーム」、それも「バニラ味」の需要が高まっていることがわかった。次はサプライチェーン計画だ。アイスクリームが売れるシーズンに合わせて、持続性のあるかたちで原材料を確保しなければならない。
実は原材料の1つであるバニラはマダガスカル産が80%を占めており、予期せぬ事態が発生すれば入手が滞るリスクもある。販売フォーキャストを見ながらあらかじめバニラの在庫を確保することで、そうしたリスクに備える。
それを可能にするのが、クラウドベースの事業計画アプリ「SAP Integrated Business Planning」だ。SAP CDPにある顧客の感情データ、「S/4 HANA Cloud」にあるリアルタイムの在庫情報などを組み合わせて、持続性と収益性の両方に配慮したサプライチェーン計画を出した。
またアイスクリームの需要が急増した場合は、B2Bの調達ネットワーク「SAP Business Network」を使って、代替サプライヤーを探すこともできる。ユニリーバにはおよそ5万の取引先があるが、SAP Business Networkと支出管理の「SAP Ariba」を使って「労働者に適正な賃金が支払われている」「事業展開でサステナビリティを考慮している」といった取引条件を満たすサプライヤーを選定している。なお、先ごろ追加されたAIによるサプライヤーのレコメンド機能により、こうしたサプライヤー選定はさらに簡単になっているという。
このデモでは最終的に、SAP Business Network、SAP Ariba、S/4HANA Cloudを組み合わせ、サプライヤー候補の価格、信頼性、サステナビリティといったパフォーマンス指標を得て、CO2排出量も計算しながらサプライヤーを選出した。
ちなみにこのライブデモのテーマに合わせて、展示会場では「サステナブルなサプライチェーン」のショーケースとして、顧客の嗜好に基づいてアイスクリームのフレーバーを決定し、原材料収穫(データドリブンな栽培)、ソーシング、製造、パッケージ、デリバリー、ショップ店頭までを一貫してつなぐ、SAPのソリューションが披露されていた。
インテル:ビジネスモデルの大転換を期に「RISE with SAP」を採用
2日目の基調講演では、シルク・ドゥ・ソレイユを皮切りに5社の導入事例が紹介された。そのうちの1社がインテルだ。
地政学的リスクの高まりを受け、半導体は現在、重要な国際戦略物資となりつつある。インテル 最高コマーシャル責任者のクリストフ・シェル氏は、インテルではこれまでのビジネス方針を大きく転換し、ウェハを製造する半導体製造施設(ファブ)を外部にも開放して、半導体の受託製造サービス(ファウンドリーサービス)に乗り出したと語る。
「UCIe標準(Universal Chiplet Interconnect Express。インテル、AMD、Armらが策定したチップレット技術の標準規格)を利用することで、外部の顧客が設計したシリコンやSoC(System-on-Chip)のチップレットをパッケージできる」「かつては石油の埋蔵国が重要だったが、これからは半導体の設計/製造ができる国がどこにあるのかで地政学的判断がなされるだろう。われわれはこの流れに先んじて動いている」(シェル氏)
半導体製造施設の外部開放にあたって、インテル社内では製造とビジネスの分離が必要となった。従来のCPU/GPUやソフトウェアを購買する顧客と並び、今後はファブのみを利用する顧客も増える。こうしたビジネスの変化もあり、以前から利用してきたSAPの契約を更新し、「RISE with SAP」を利用してコアERPを導入した。「SAPはわれわれが直面しているビジネス課題に耳を傾けてくれる」(シェル氏)。
SAPとインテルの2社は今回のSapphireに合わせて、「第4世代 Xeon スケーラブル・プロセッサー(Xeon SP)」上でのSAPソフトウェアに関する戦略的協業も発表した。最新世代Xeon SPにおけるSAPの性能が改善されるほか、仮想マシンのサイズも拡大するという。
ブーム・スーパーソニック:超音速旅客機ベンチャーが「超音速で」SAP導入
最後に登場したのはブーム・スーパーソニック。超音速旅客機の開発を進める、2014年設立のベンチャー企業だ。JAL(日本航空)やユナイテッド航空、アメリカン航空が同社製旅客機の購入契約を結んでいる。
ステージに立った同社CIOのチャールズ・バレンタイン氏によると、同社が開発中の「Overture」は、一般的な民間航空機の約2倍となるマッハ1.7の速度で65~80人の乗客を運ぶ「世界最速の旅客機」を目指しているという。
バレンタイン氏が同社に入社したのは1年前のこと。ちょうどそのころ、ERPとしてSAPを導入する話が出ていたが、「SAPは大企業向け」だという反対意見もあった。バレンタイン氏自身も「SAPの導入はまだ早すぎる」と思っていたが、投資家の1人が「SAPを使いこなすレベルに成長する」と説得したことで、一気に導入へと進んだ。
そこで選んだのがRISE with SAPだ。「5年後、10年後、15年後もSAPに依存することになるので、拡張性が重要だった」(バレンタイン氏)。自社の成長に合わせてライセンス数を増やせる点が魅力的だったと説明する。
また、短期間でSAP ERPの実装を進めるうえでは「統合は難しく、コストもかかる」(バレンタイン氏)。そこで、業界標準に対応するかたちで社内プロセスを変更し、可能なかぎりそのままの状態でシステムを使う方針をとった。「競争優位性につながらないカスタマイズは行わない」という厳格なルールを設け、「プロジェクトの中核となるゴール以上にスコープを広げないように注意した」という。
その結果、90日間で本稼働までこぎつけた。「まさに“超音速”で実装できた」とバレンタイン氏は笑った。
ユーザーグループ・JSUG会長は今回のSapphireをどう見たのか
SAP エグゼクティブボードでカスタマーサクセスを担当するスコット・ラッセル氏は、現在の顧客企業に共通する考えとして「スピード感のあるビジネス変革を行いたい」「SAPのイノベーションを取り入れたい」「信頼できるパートナーと変革を進めたい」の3つを挙げた。そして「SAPはこれまでの歴史に甘んじることなく、日々信頼を獲得していきたい」と述べる。
今年のSapphireには日本からも多数の顧客やパートナー企業が参加した。ジャパンSAPユーザーグループ(JSUG)会長の数見篤氏(トラスコ中山 取締役 経営管理本部長 兼 デジタル戦略本部長)は、今回のSapphireの感想として「SAPユーザーも(SAPの製品に)まだ理解が追いついていないところがある」と述べた。SAP本社、SAPジャパンとも提唱している「フィット・ツー・スタンダード」についても、「ソリューション1つで完結するものではなく、『SAP Build』などを組み合わせることになる。全体の中で自社が何がしたいのかという視点が必要になる」と語る。
数見氏は、ブーム・スーパーソニックのような勢いのある事例が日本でも出てくることに期待を寄せつつ、日本で新たに立ち上がった若手のSAPユーザーコミュニティ「JSUG Next-Gen Boost」を紹介した。Next-Gen Boostは「社会人0年目から5年目」を対象としたコミュニティで、「与えられたことをやるのではなく、自分たちでやりたいことを企画して、自由にやっている」(数見氏)という。こうした若いSAPユーザーから、新しい発想のユニークな事例が生まれてくることに期待したい。