「kintone IT Special Seminar 2022――成功企業に学ぶDXの本質と勘所」の第4部は、ロート製薬の柴田久也氏が登壇した。講演では、自社のkintoneの活用とDX推進において、パートナー企業とのプロジェクトのなかで得た気づきと、関係の重要性について説明した。
kintoneで営業部門の業務改善に着手
ロート製薬は大阪に本社を構え、薬品、化粧品、機能性食品などの製造と販売を行う企業である。国内単体で薬1600名、世界で連結子会社を含めて薬6600名の従業員を抱える。目薬の「Vロート」、胃薬の「パンシロン」などが有名だが、じつは売り上げの半分以上は「肌ラボ」「Obagi」などの化粧品、スキンクリームの「メンソレータム」が占めている。
柴田氏は、kintoneによるノーコード開発を活用しながら、業務の整流化、人材育成など、同社のDX推進全体の推進を担当している。
同社が最初にkintoneを導入したのは営業部門だった。導入前、営業部門ではいくつもの課題を認識していた。
まず、営業の情報が点在していた。同社はドラッグストアなど小売店に商品を出荷している。営業担当者は小売店のバイヤーや代理店と日々交渉しているが、その記録がチームごとに日報だったり、週報だったりとバラバラだったという。最悪、書いていないこともあった。報告の仕方もメールが基本で、書き方も人によって異なっていた。
「営業からの情報を他部門が見たいと思っても、その情報は可視化できておらず、商談状況に応じた調達ができなかった。逆に営業からも、出荷状況が確認しづらい状況だった。そのため、個別に情報を共有するために、Excelのデータがやりとりされることになり、属人化に拍車がかかっていた」(柴田氏)
この状況を改善し、営業組織内と他の組織との連携を強化するためにkintoneを導入することを決めた。
柴田氏は、具体的に行った施策を紹介した。同社では営業職を「ビジネスプランナー=BP」と呼んでいるが、まずkintoneで「BPレポート」という営業日報のアプリを作成した。アプリは極力シンプルなインターフェイスにして、営業部員が毎日入力できることを最優先に設計した。
従来の運用の弊害をkintoneプラグインで解消
次に、従来Excelで行なっていたセット品や限定商品などのイレギュラーな発注を、アプリから申告できるようにした。「Excelをいきなり廃止すると混乱を招くので、krewSheetというプラグインで表計算シートを使えるようにした」(柴田氏)
限定商品の場合、営業担当者がまず、自分がいくつ売りたいか目標数量を宣言し、商談を経て実際にいくつ発注するか(確定数量)を申告する。これをExcelで運用していたときは、目標数量が設定されていたにもかかわらず、確定時に0になった場合、その理由を知ることができなかった。加えて、入力の締め切り日にならないと数字が入ってこないため、生産側は見込みで数量を決めて動いていた。それによって過剰在庫を抱えたり、商品が不足する一因となっていたのである。
それを解消するためにkrewSheetを使い、シートに目標数量を書いた後、確定数量の登録をBPレポート側からデータ連携によって自動で数字が入るようにした。
このカスタマイズは、仙台に拠点を置くkintone開発ベンダーのArcesが行なった。BPレポート上に、営業が商談をする際に取引先に聞くべき限定品のリストを表示して、簡単に数量を入力できるようにした。この機能によって、締め切り日を待たず、営業の商談が進むことに合わせて確定数量が自動的に入ってくるようになった。
結果、調達部門の発注数量は精度が上がり、機会ロス、廃棄ロスが削減された。「数量だけでなく、なぜこの確定数量になったのか、理由も書き込まれるため、他部門が日報の内容まで含めてわかるようになった」(柴田氏)
このアプリ連携による実際の効果は、Excel運用と比べて37時間、70%の時間削減を実現している。
伴走パートナーという「第4の選択肢」
こうした成果を挙げているkintone導入だが、柴田氏は、ここまでくるためには、外部のパートナーの伴走支援が極めて重要だったことを、順を追って説明した。
「昨今のIT人材不足は、どの企業でも課題だと思う。技術進化も速く、市場は目まぐるしく変化する。そのなかで、従来のウォーターフォール型の開発から、アジャイル型の開発が主流になってきているのは自然な流れだ」(柴田氏)
この変化に対して企業はどうするか。3つの方法があると柴田氏は言う。
「1つ目は人材を採用すること、2つ目は育成することだが、この2つはいずれもかなりコストがかかる。先ほど触れたように優秀な人材は取り合いになっており、採用は容易ではない。またうまく育成できたとしても、その人材が自社に定着してくれるかはわからない。3つ目の方法がアウトソースだが、これもコスト負担が大きいうえに、他社に依存することになる」
この3つは、いずれもコミュニケーションコストが大きくなり、成功するまでの時間も非常に長いと、柴田氏は認識している。
そのため、同社は丸投げのアウトソースではなく、伴走パートナーという第4の道を選んだ。
伴走パートナーはこれまでのアウトソーシングと何が違うのか。まず開発の起点において、まずユーザー企業がパートナー企業に課題を提示する。それを受けてパートナーはβ版のアプリを開発し、ユーザーがそれをテストする。テストのフィードバックを繰り返して最終的に納品する流れになる。「ユーザー企業が開発の全工程に関与することが、アジャイル型伴走支援の特徴だ」
主体的に関与することで、ユーザー企業側の担当者には、現状を把握し、課題を解決する力、要件定義する力など、さまざまなノウハウやスキルが身につく。結果的に、伴走支援によって社内の人材育成、能力開発につながっていると柴田氏は語る。
ほかにも伴走支援を受けるメリットはある。パートナーは外部の専門家として、自社の課題を顕在化してくれる存在であり、場合によっては「それはkintoneには向かない」という方針にかかわるアドバイスも受けられる。
「方針変更の場合、プロからのアドバイスがあれば腹落ちしやすく、社内の合意も得られやすい」(柴田氏)
また、アジャイル開発の場合は要件があいまいのままでスタートする場合もあるが、漠然とした要望でも受け止めてくれる、柔軟で長期的な関係をもつ存在でもある。
柴田氏は、伴走型のパートナー企業を選ぶ際に最も重視したのは、コミュニケーション能力だという。「コストも重要だが、例えば自分たちが言語化できていない課題も掘り起こしてくれるような、言葉以外のコミュニケーション力をもっているパートナーであれば、コスト以上のメリットがある」
「デジタルチャンピオン」を社内に配置
同社では、パートナーによる伴走支援を生かし、kintoneで開発を進める人材を、「デジタルチャンピオン」と命名して社内の各所に配置した。この狙いを柴田氏はこう語る。
「社内のパワーユーザーは、忙しい人でもある。そこで、あなたはデジタルチャンピオンですという肩書きを与えることで、自覚と責任感が生まれ、開発にコミットしてもらえる。当社の現在のkintoneの浸透は、デジタルチャンピオンの存在が非常に大きかった」(柴田氏)
全国7拠点の営業所それぞれにデジタルチャンピオンが存在し、チャンピオンと柴田氏の情報共有はもちろんあるが、チャンピオン同士のコミュニケーションも活発に行われている。kintoneのスペースを使い、テーマごとにスレッドを立てて意見を交わしている。
加えて、できるだけkintoneを楽しく使ってもらえることを意識して、SNS的な感覚で操作できるようアプリに工夫を施した。
「店頭の棚のディスプレイを写真で共有するアプリがあるが、うまく装飾できた実例が投稿されると、『いいね!』を打てるように『いいねプラグイン』を使っている。それによって投稿者のモチベーションも上がり、好循環が生まれている」
「ゲンバ」と「ホンバ」に行って開発のヒントを得る
もう1つ、柴田氏が大事にしているのが、「ゲンバ=現場」と「ホンバ=本場」をどちらも重視することだ。
机上では課題を本当に理解することは難しい。まず課題がある現場に出向き、等身大で見聞きすることを心がけた。そして、現場で得た課題を「本場」に持ち込むことも重要だという。本場とは、このセミナーのような場でもあり、ユーザーコミュニティのような、自社よりも先進的な取り組みをしている人と触れ合える場である。
「本場で得たヒントを、再び現場に持っていく。これを繰り返すことで、ユーザーの課題を解決するアプリを作り上げていった」(柴田氏)
採用や育成に課題がある場合でも、伴走型のサポートを受けることで、自然と社内人材のスキルが向上していく。それはITプロジェクト以外にも有効な業務スキルになるという。
また、デジタルチャンピオンの施策でパワーユーザーに活躍の場を与えることで、社内浸透が加速した。最近では、現場の開発、運用レベルが上がっており、柴田氏のチームは後方支援に回る体制が取れるようになっているという。引き続き、社外の情報を現場にフィードバックし、さらなる業務改善のヒントにしていく。