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困難はあっても現場の自由度を優先した、JALグループのkintone導入ルールづくり

2022年12月09日 09時00分更新

文● 指田昌夫 編集●MOVIEW 清水

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「kintone IT Special Seminar 2022――成功企業に学ぶDXの本質と勘所」の事例セッションで、日本航空の日髙大輔氏が登壇し、同社グループが取り組むkintoneによるアプリ内製化の仕組みづくりについて講演した。

現場がスモールニーズを自分で解決する

 日本航空(以下・JAL)グループは、連結企業が54社、総従業員数3万6060名の巨大企業グループである。日高氏は、本社IT企画本部 IT運営企画部 技術戦略グループのアシスタントマネジャー。IT運営企画部は、グループ全体のIT戦略策定や、システムを動かす基盤整備などを、グループ会社のJALインフォテックと共に推進している。日髙氏自身は、kintoneをはじめとするローコード、ノーコード開発基盤の導入、IT新技術調査、PoCの実施などを担当している。

 同社では、現場部門がアプリを開発するエンドユーザーコンピューティング(EUC)を実践している。EUC導入の理由は、3万人を超える従業員からのDXに対する要望に、IT部門だけでは応えきれないためだ。また、開発人員の問題とともに、システム化のコストをかけられない小規模案件への対応が必要という事情もあった。

 このニーズに応えるため、スキルが限定的でもアプリ開発ができるソリューションが必要だったことから、同社ではkintoneの導入を決定した。

 kintoneは、ペーパーワークの自動化や、複雑な表計算やマクロなど、プロの質にはかなわないがシステム開発のなかでもライトな領域についての利用を想定し、必要なときに、すぐにほしいアプリを開発できる体勢の構築を目指した。

 また、スモールスタートで導入を進めている。使用開始したのが2020年1月で、現在の契約数は1340ライセンスだ。アプリ数は約700あり、事務処理がメインだが、客室乗務員が乗客から受けた意見の共有や部品発注、地域発の新事業管理など、航空会社らしいアプリも含まれる。

 JALのIT部門ではkintoneの導入にあたり、①目的の設定、②仕組みづくり、③ユーザーの熱意という三つの要素を掛け合わせて取り組んできた。日髙氏はそれを「JAL kintone成功方程式」と呼び、各ステップにおいて、どう取り組んできたのかを説明した。

 この方程式には原型がある。JAL社員が持つべき考え方である「JALフィロソフィ」だ。その最初にあるのが、人生における仕事の成功方程式で、「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」と記されている。熱意と能力はそれぞれ0点~プラス100点であるが、考え方はマイナス100点~プラス100点であり、考え方を間違えると悪い方向に行ってしまう。最初に目的を明確にすることが重要だったと日髙氏は話す。

何のためのkintoneか、目的を明確にする

 日髙氏がkintoneによるEUC推進の責任者になったのは、実は、kintoneが導入を完了した直後の2020年3月だった。「あとは任せる」的な辞令が下り、kintoneを全く知らないところから任に就くことになる。

 kintoneの基本的な使用方法は1週間でマスターできたものの、問題は、これをどうやって現場で使ってもらうかだった。そこで、先行してkintoneを活用している企業に教わろうと考えた。運輸業、リゾート運営会社の2社に話を聞き、kintoneが効く領域、不向きな領域について助言を得た。

 一方、当時のJALグループでは、ペーパーレス、はんこレスのようなスモールニーズへの対応、迅速なシステム化によるビジネス敏捷性の確保が、ITにおける課題としてクローズアップされていた。

 外部へのヒアリングと社内の課題を突き合わせて検討した日髙氏のチームでは、JALグループにおけるkintone導入方針を「IT部門による開発を必要としない小規模ニーズ」「敏捷性確保のために、ユーザー自らアプリを開発する」と決定した。そしてこの方針に沿う形で、スモールスタートで導入を開始した。

 ビジネス部門のユーザーがアプリを作る場合、開発スピードは速く、量も多く作ることができる。だが、出来映えはIT部門のものには及ばない。「そこで大事なのが、ユーザーが作るだけでは足りない要素をIT部門が補う仕組みを整備することだった」(日髙氏)

JALグループにおけるkintone導入方針

kintoneで扱える情報を定義する

 次に、kintoneで扱うことができる情報を定義した。自社内の情報取り扱い区分に照らし合わせ、当初はクレジットカード情報、顧客情報、社員の人事、健康に関する情報はkintoneで扱えないデータとし、それ以外の社外秘情報はkintoneで扱えるデータにした。
「EUCであることを踏まえ、最初は漏洩時の影響が限定的な領域で開始した」(日髙氏)

 目的が定まり、次の仕組み(ルール)の構築に進んだ。まず、JALのIT企画本部と、JALインフォテックの2社が共同でkintone事務局を設立した。グループ各社の事業部門で働くユーザーから、業務自動化についての問い合わせが事務局に入ると、まず、kintoneで対応すべきかの検討をして返信する。

 kintoneを使うことに決まれば、事務局がユーザー部門に一時的なライセンスの貸与や使い方のレクチャー、アプリ開発の支援を実施した。

 当初は、kintoneによる便利な共通機能を使うように促した。現場の業務アプリは、従業員の名前を入れるリストなどを出力することが多い。そこで、従業員番号を入れると氏名やメルアドが自動入力されるアプリを作った。当初は手動で社員システムから情報を転記していたが、現在はRPAを使って毎朝情報を更新している。こうしたアプリの活用を通じて、現場にkintoneに慣れてもらうよう促した。

 kintoneのルール検討会議では、初期のころ「アプリ開発は許可制にするべきでは」「一定レベルの人にだけアプリの作成権限を与える方がいいのでは」という意見が出ていた。しかし、その意見は採用されず、現場でアプリを開発することに制限は設けなかった。「導入目的に沿って考えると、kintoneについては厳格さよりも、今までになかった機動力を優先すべきだった」(日髙氏)

kintone導入の成功方程式は「目的」×「仕組み」×「熱意」

識別しやすいアプリの名前付けをルール化

 外部の企業からの助言で、利用が拡大していくと、アプリが乱立して「荒れ地化」すると聞いていた日髙氏は、早期のルール作成にこだわった。

 まず、アプリの命名にもルールを設けた。先頭にkintoneのアプリIDを付け、その後ろに作成者の組織名を付けた。アプリIDは、アプリのURLに入る数字のことで、問い合わせ時もその番号をキーにすることができ、アプリIDを使ってアプリを呼ぶ文化が定着したという。「例えば『案件管理』などの名前のアプリは各部署が作るようになる。社内で識別しやすくするためにルールを設けた」(日髙氏)

 従業員の教育にも力を入れた。現場に基本操作を習得してもらうため、独自教材の「JALグループkintone教育」を開発。全5時間のコースを、新規ユーザーを対象に現在も毎月開催している。

 カリキュラムは三つのレベルに分かれている。まずレベル1が90分のeラーニングで、kintoneの基本操作と利用ルールを学ぶ。レベル2(120分)は、アクセス権の設定やデータのルックアップの仕方など、開発者にとってのルールと基本操作編。そしてレベル3(90分)では、プロセス管理機能によるワークフローの構築を習得することができる。

アプリの棚卸しで利用状況を監視

 教育を受ければ、いよいよ各部署でアプリの開発に入る。kintone運用の課題は現場がアプリを増やすほど出てくるが、アプリの棚卸しやユーザーID登録の半自動化など、日々改善を進めている。

 アプリの棚卸しによって、活用度合いに大きな差があることがわかった。アクセス数によってアプリを三つのグループに分けると、月間1000アクセスを超えるエース級アプリと、それに次ぐ月間アクセス30以上のアプリは、合わせて全体の30%だった。残りの70%は、1日1回未満のアクセスで、そのうち半数は棚卸しで不要と判断された。「kintoneのアプリ数は上限が1000個に決まっている。アプリの棚卸しをすることで、1000個に達しないようにコントロールすることができる」(日髙氏)

 棚卸しには、JALインフォテックが開発した「アプリアクセスカウンター」というkintoneアプリを使った。抽出されたアプリの最終更新者は、「削除」「ステータスをプライベートに変更」「削除の免除申請」の三つから対応を選択することができる。このアプリは、外部への販売に向けて準備を進めている。

 また、利用が拡大するなかで、空港勤務の社員から、「お客様の忘れ物情報を管理したいので、お客様の個人情報をkintoneで保存させてほしい」という要望が来た。前述の通り、当初kintoneでは個人情報の登録を許していなかった。この要望に対応するため、セキュリティ対策を見直し、kintoneの社内規定を策定した。

 専用スペースで一般のアプリと分離し、専門の教育を受けた従業員だけが取り扱うアプリとして、顧客情報の管理を許可することにした。IT部門では現場のニーズを優先して、それに応えるために何が必要かを考え、取り組んでいる。

JALグループのkintone体制

kintoneガバナンスに絶対唯一の正解はない

 そして、日髙氏は最後の「熱意」について説明した。同社でkintoneの導入に最も積極的なのは、客室乗務員が所属する客室本部のバックオフィス業務部門だ。4チーム15人で開発プロジェクトを開始し、IT部門が支援して、3カ月で76個のアプリを開発した。そのうち26個を実用化して、業務で利用中である。「熱意あるユーザーをIT部門がきちんと受け止めて支援することで、kintoneの活用が広がると考えている」(日髙氏)

 サイボウズは2022年7月、「kintoneガバナンスガイドライン」を無料公開した。大量に作られるアプリの管理やリスクの高いデータの取り扱いについて、ユーザーがガバナンスを構築するためのひな形である。

 JALでは、この公式ガイドラインが公開される前に独自のガイドライン「JAL kintone成功方程式」を開発し、それに沿ってkintoneの導入を進めてきた。これからkintoneを導入する企業は、サイボウズの公式ガイドラインを使うのがお勧めだと、と日髙氏は言う。

 同時に、「kintoneは導入しただけでは効果を発揮しない。そして、kintoneガバナンスに唯一絶対の正解はない。JALではEUCのために自由さを優先し、ルールを最小限にした。他社の場合は違ってくるはず。自社の都合に合わせて、ガバナンスと運用ルールは改善していくべきだ」と語った。

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