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編集部員の「これ、買いました」 第6回

長年売れ続けるロングセラーの魅力を考える

10年憧れ続けた靴、パラブーツ「ミカエル」の完成度に感激する男

2022年06月14日 16時00分更新

文● 貝塚 編集●ASCII

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踵部分の、左右を縫い合わせて丸みを設けている

フランス的な上品さと、ヘビーデューティーの同居

 ようやく手に入れたミカエルをじっくりと観察してみる。10年くらい欲しいと思い続けるものって、そうはない。好みが変わったり、ほかのものに興味が移ったりするからだ。でもパラブーツのミカエルは10年が経っても憧れであり続けた。その秘密はどこにあるのか。

 考えるに、第一の理由はそのフォルムと革質にある。靴のラスト(木型)は靴メーカーにとっての命だ。履き心地も、靴が持つ雰囲気も、長年履いた際の変形の仕方も、すべては型で決まってしまう。パラブーツにはいくつかの代表的なモデルがあるが、そのうちのひとつであるミカエルは、最初に書いたように、丸みを帯びたつま先と、ひとつなぎに仕立てられたシュータンに特徴がある。

 かと思えば、踵部分の左右を縫い合わせてカップ状に成形し、踵部分のホールド性を高めるなど、繊細な手仕事も見られる。左右2つずつという少ないレースホールでホールドするので、いわゆる紳士靴のきっちりと洗練された趣とは異なり、どこか民族的で、道具的な趣に溢れている。

アッパーからひとつながりになっているシュータンを、シューレースで絞って固定する造りになっている

 歴史を辿ればその考察も大きく外れてはいないようで、この様式は「チロリアンシューズ」と呼ばれ、高原に暮らす人々が山を歩きやすいようにと生まれた靴がルーツになっているようだ。

 ちなみに、発売からすでに77年を数えており、同社の製品の中でもかなりのロングセラー。同社の歴史は、よりオリジナルなチロリアンシューズのディティールを持った「モジーン」というモデルから始まっており、モジーンはヒール部分に3本のステッチを備えている。ミカエルは、ちょうどこのモジーンをタウンユース向けにモディファイしたような印象だ。

 革質についても、はじめに書いたように、分厚い革から染み込んだ蝋が吹き出していて、独特の雰囲気を醸し出している。購入時点ではつや消しだが、履き込んで磨いていくと、馴染み、ツヤが出てきそうだ。

 極め付けはソール(靴底)である。こうした樹脂製の靴底では、ビブラムのものが広く使われている。品質が高く、自社で開発するよりも、低コストに靴全体の品質を大きく高められるからだと想像するが、パラブーツの場合はここも自社製。こだわりの塊である。

 一見すると「重くて丈夫そうな革靴」なのだが、そのレベルというのが著しく高く、かつ、ところどころにフランス的な美意識が垣間見えるのが、ロングセラーであり続ける理由なのだろう。

実際のところ、履き心地はどうなの?

 ……そんなわけで、ようやく手に入れたミカエルはかっこいいなあと思ったのが3月の頭。すでにそこから2ヶ月半。2日か3日に1回はミカエルを履いている。その中で得た感想を述べて終わりにしたい。

 まず、本当に重いということ。手に持つとずしりとくるほど重い。なのに、履いてみるとそれほど重く感じないのだ。足との間に隙間が少ない優れたフィット感により、ほとんど足と一体化した状態で歩くので、重さを感じにくいのだと思う。それどころか、ほどよい重みに感じられ、歩行時の安定感が増している気さえする。「頑丈に作ったら必然的に重くなった」のではなく「この重さがベスト」とあえて狙って設計されているのではないか? とも思った。真相は謎だが、とにかくびっくりするほど重いのに、そう感じさせない

ソールのブロックひとつひとつに細かな溝を設けている。排水性がよく、常に地面とソールが設置した状態を作る

 雨の日のグリップ力も非常に高い。「パラブーツは雨の日に履くものだ」なんて言う人もいるくらい、悪天時のパラブーツの優秀さは有名なのだが、濡れているマンホールや、ツルツルしたタイルの上を歩いても、全然滑らない。

 ソールをよく見てみると、ブロック状に突起が散りばめられているだけでなく、そのひとつひとつに細かな溝のようなものが彫ってある。ブロック部分で地面を捉えつつ、細かな溝の隙間に水分を流して、いつもソールとの設置面を確実にグリップするようにできている。大雨が降っているときでも、一度も浸水したことはない。

ウェルトをアッパーとソールに縫い付けて、堅牢性と防水性を高めるこの縫い方は「ノルウェイジャンウェルト」などと呼ばれている

 また、雨に濡れて質感が損なわれたり、変色したりすることもない。皮革製品は基本的にずぶ濡れになることは避けたほうがいいのだが、パラブーツの革の場合、満遍なく水分を含んで、その後2日程度かけてゆっくりと水分を蒸発させ、元の状態に戻るような反応を見せる。「雨くらい、なんの問題もない」とでも言っているようだ。本当に10年くらい余裕で履ける気がする。

 ホールド感、グリップ力、耐水性の高さという、靴に求める機能性はいずれもハイレベルで、それだけですでに満足感が高い買い物だったなあと思うのだが、さらに、「これを履くとなぜか全体がまとまってしまう」というのが、もっとも素晴らしい機能かもしれない。

 あらゆる服はそれぞれ「主張の強さ」という軸と、「雰囲気の方向性」という軸を持っていて、全身でそのバランスを取ることで、まとまった雰囲気を生み出すと思う(食い違っていることが面白い、みたいなことも多いのだが)。

 その例で言うと、ミカエルはけっこう、ニュートラルに近いのだ。いわゆる紳士靴、革靴みたいなジャンルにも当てはまる感じを持ちつつ、ハードなワークブーツ的な要素も持っているので「なんとも言い切れない」が正解か。ミカエルの場合、どことなく民族的という雰囲気はあるものの、その主張は強くなく、スラックスに合わせると紳士靴然とするし、ジーンズに合わせればワークブーツ然とする。合わせるものによって表情を変える懐の深さがある。だから、なんとなく履いても全体がまとまった感じになってしまう。

 「いい靴は〜」の言い伝えたちが本当がどうかはわからない。でもこの靴、持っているだけで長いあいだ高揚感を与えてくれる存在であることは確かだ。気分がよくなるのでいいことが起こるかもしれない。「10年は余裕で履けますよ」と言ってくれた店員さん、私は願いを叶えました!

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