地方自治体内部/組織間、民間企業や住民などとのコラボレーションに向けた取り組みを紹介
自治体DXの実際:三重県、浜松市、北海道森町がSlack導入事例を語る
2021年11月11日 08時00分更新
静岡県浜松市:“日本の縮図”で地場企業を巻き込んだコミュニケーション革命
浜松市は静岡県の約2割の面積を占めるだけでなく、市としての面積が全国2位、なんと伊豆半島よりも大きな市だという。その一方で人口は80万を切り、減少が続いている。他にも健康寿命が3年連続日本一であったり、スズキ、ヤマハ、河合楽器といったメーカーが多いものづくりの集積地としても知られている。同市の村越功司氏は、「日本の縮図のような市であり、面積が広いことでいい面もあり、同時に課題も多い」と語る。
さまざまな課題を抱える中で、浜松市は2018年「デジタルファースト宣言」を打ち出し、デジタルを使って課題解決にあたることを発表した。戦略分野は「都市づくり」「市民サービス」「自治体運営」の3つを柱とし、人口減少や少子高齢化をはじめとした社会問題に対する取り組みを始めている。外部から5名のフェローも招聘している。
デジタルファースト宣言を実行するための司令塔として、浜松市では「デジタル・スマート推進事業本部(略称:デジスマ本部)」を発足させ、数多くの施策を実行している。また庁内のDXを「LGX=ローカル・ガバメント・トランスフォーメーション」と名付けて取り組んでいるが、同本部はそのショーケースとなる変革に先行して乗り出した。具体的にはLTE対応のChromebook、Slack、Zoomを中心に業務環境を整え、在宅勤務やリモート会議に対応している。本部のフロアもフリーアドレスに変更した。
庁内のデジタル化をはじめる一方、地方DXを支える庁外の組織として、官民連携のプラットフォームを構築した。そこには民間企業、NPOを含めてさまざまな人、組織が集まり、課題を共有し、市庁のデジスマ本部と連携しながら解決策を探る。
問題は、庁内外の連絡や情報共有の手段だった。「もはや行政だけで地域を持続させていくことは難しい。皆でいっしょにやっていこうというときに、コミュケーションのインフラが非常に重要になる」(村越氏)。
当初はメールではじめたものの、村越氏はすぐに無理だと感じたという。「メールでは『お世話になります~』からはじまり、宛先やccをどうするかなど、気を遣うことが多い。また返信メールが続くと、後から内容をたどることも難しくなる。コミュニケーションとして限界だと感じた」(村越氏)。
その解決策として、庁内で使用していたSlackを外部とのコミュニケーションにも利用している。「使っていくと、階層や縄張りといった従来の縛りとは関係なく、自然とフラットなコミュニケーションが進んでいくと感じている。アメーバのようにプロジェクトが立ち上がり、可変的に仕事が進んでいる」(村越氏)。
また、自分には直接関係がない内容は、ノイズにならないようにチャンネルを分けるなどの工夫をして、必要な情報が素早く読めるようにしているという。
村越氏は「Slackのメリットを痛感したのが、コロナの拡大だった」と話す。「コロナのようなディープインパクトがあったときに、今までのような仕事をしていたらとても市民のニーズには追いつけなかった。Slackはスピードがあり、変化に強くて、万一うまくいかない場合はすぐにそのチャンネルを閉めて、他で始めればいい。この柔軟さがアジャイルな行政運営に役立っている」(村越氏)。
北海道森町:行政と企業、NPOの連携からはじめる地方自治体のDX
3つめの事例では、北海道森町の山形巧哉氏が登壇した。森町は函館市の北40kmほどのところにある北海道南部の自治体。イカめしで有名な町だ。山形氏はコード・フォー・ジャパンや内閣官房オープンデータ伝道師など、複数の場で活動する。
「自分はSlackが大好きで使いまくっているが、森町をはじめ周辺の自治体でもSlackのようなツールをほとんど使っていない」。山形氏は、行政のコミュニケーションコストが非常に高いことを問題視する。
「たとえば企業が役場に相談したいことがあり、チャットしたいと思っても『うちは電話だけなんで……』と断られたり、『メールはネット分離でちょっときついです』などと言われたりする。さらには『企業は営利なんだから役所に合わせてほしい』などと言われてしまうこともよくある。こういうところに、ギャップがあると感じている」(山形氏)
山形氏は、このギャップを埋めていく必要があると考えている。「ただ、いきなり大きく変えることは難しいので、まずは役所同士の連絡(行政間)のコミュニケーションから練習をはじめることにした」(山形氏)
まず、地域の自治体との連絡にSlackのチャンネルを作って連絡を取り合うことにした。各役所の情報担当が集まり、人事異動の話など雑談を交わすことからはじめた。また北海道内の自治体でオープンデータの勉強会を行っており、その連絡手段としてもSlackを利用している。
「こういう使い方をすると、一部から『情報流出が怖い』という声が出るが、私は流出してはいけないものを書かなければ済むと思っている」(山形氏)
その考えを説明すると、今度は「書いてはいけない情報が何なのか、わからない」という意見が必ず出てくるという。山形氏は「わからないから(何も情報を)出さない、はだめ。今の時代、何が大事な情報か見極めるのは必須のスキルなので、庁内で勉強会を開くなどして意識合わせをしてほしい」と説明する。
行政間に続いて、行政と民間の間でもSlackを使いはじめた。オープンデータ伝道師の関連で、民間企業や個人を交えたやりとりをしているが、スムーズに進んでいる。さらに、コード・フォー・ジャパンとして進める道南圏のDX推進チャンネルでも、活発な会話が取り交わされている。山形氏は「ネット接続環境の障壁があるにしても、行政が民間のスタンダードになれることは重要だと考えている」と話す。
目下の課題は、Slackに書き込む行政職員を増やすことである。「実際、書いているのは僕ばかりという状況で、行政の職員は“シャイな人”が多い。他者に話すことが苦手な人は、まずは簡単なスタンプを押すところから始めるように話しているところだ」(山形氏)。
すると、山形氏のところには「上司にスタンプを押してもいいのか?」という質問も来るという。「今までと違うことなので、気持ちはわかる。だが、心理的な障壁を取り払っていってほしい」と答えている。
森町は人口1万4000人。その中で小さなコミュニティのツールとしてSlackは活発に利用されている。当初は「そんな“都会的”なことオラが街でできるわけがない」という人も多かったが、意識は着実に変わっているという。
「Slackの利用が活性化してくると、案件によってチャンネルを分けたりスレッドを作ったりして、さらに便利に使うことができる。ぜひ町内会や地域のサークルなどで使ってほしい。そうすればコミュニケーションコストは大きく下がると思う」(山形氏)