ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第625回
脳の神経細胞を模したSNNに活路を見出すInnatera Nanosystems AIプロセッサーの昨今
2021年07月26日 12時00分更新
SNNチップを開発する
オランダのInnatera Nanosystems
毎度のことながら長い前置きで恐縮だが、今回取り上げるのはこのSNNに向けたチップを開発しているオランダのInnatera Nanosystemsである。
創業者はSumeet Kumar博士。博士はオランダのデルフト工科大学で2015年に博士号を取得後、1年だけインテルに務めるが、そのあと再びデルフト工科大学に戻り、プロジェクトマネージャー兼研究フェローとして自動車の自動運転やセキュア・プロセッサ―/SoCなどの研究プロジェクトの指揮を2020年まで取っている。その研究プロジェクトの中にはSNNに関するものもあったのかもしれない。
2018年1月、博士は突如としてInnatera Nanosystemsを立ち上げる。といってもデルフト工科大でのプロジェクトの指揮はそのまま取り続けており、要するに2018年からは二足の草鞋を履いた状態で働いていた格好だ。2020年一杯でデルフト工科大のプロジェクトの指揮からは降りたようで、2021年からはInnatera NanosystemsのCEO職に専念している。
ちなみに共同創業者はCOOのUmaMahesh Saraswatula氏とCSO(Chief Scientist Officer)のAmir Zjajo博士で、Zjajo博士はやはりデルフト工科大で2020年までプロジェクトリーダー兼研究フェローの職についておられた。
またチーフアドバイザーとしてデルフト工科大のRene van leuken准教授がやはり創業者に名を連ねているあたりは、二足の草鞋というよりはInnatera Nanosystems自身がデルフト工科大のスピンオフ的な位置づけにあるのかもしれない。
同社の会長には、今年7月14日にUCバークレイのAlberto L. Sangiovanni-Vincentelli教授が就任した。このVincentelli教授、CadenceとSynopsysという2大EDAベンダーの創業者でもあり、半導体業界では超有名人だ。もっとも会社の規模ではまだ非常に小さいようだ。そもそも同社が有名になったのは、2000年11月に500万ユーロのシードマネーをファンドから調達したからで、人員の確保もこのあたりからスタートしたのではないかと思う。
さてそのInnatera Nanosystemsが狙うのは、推論の市場の中でも、一番センサーに近い末端である。消費電力枠はmWオーダーであって、これまで説明してきたさまざまな推論向けのAIプロセッサーよりもさらに一桁以上小さい市場である。ここに同社はSNNを持ち込もうというわけだ。
そのSNNの基本的な原理は下の画像のとおり。先ほど説明した内容を、改めて図で示した格好だ。
下の画像は、複数のSpike(いわゆるニューロン間で伝達されるパルスを同社はSpikeと表現している)からどう「発火」するかを示したものだ。複数回のSpikeを受けることで内部の値がだんだん閾値に近づいていき、これを超えた瞬間に「発火」が起きる格好である。
このSNNの処理を、Innatera Nanosystemsはアナログ/デジタルの混成で実装しようとしている。下の画像が同社のSNP(Spiking Neural Processor)の概略であるが、まずデジタルで受けた値をSpikeエンコーダーを通してSpike信号に変換。これをNeuro-Syaptic Segment部で処理し、最後にSpikeデコーダー経由でデジタルに戻し(この際にPattern Lookup tableを参照して、どんなパターンをどう出力するかを決める)、出力するという構成である。
そのNeuro-Syaptic Segment部の概略が下の画像だ。全体が16というのは単に図版の関係であってもっと縦横に分割数は多いと思うのだが、隣接セグメント同士をつなぐShort-range Interconnectと、隣接しないセグメント同士をつなぐLong-range Interconnectの2種類のインターコネクトが配されているのがまず目を引く。
個々のセグメントの中には、複数のProgrammable Synapsesと呼ばれる計算エレメントが格子状に配されており、それぞれがスイッチでつながっている構成である。その個々のシナプスの中身が下の画像だ。
肝心の掛け算をどうやって実現しているのかはわからないが仕組みは以下の通りとなる。
- 入力のSpikeはアナログ値としてSynapseに到達する
- 重み(Weight)そのものはデジタル(SRAM?)で保持されるが、演算前にこれをDAC(Digital-Analog Converter)を使ってアナログ値に変換している。したがって演算処理そのものはアナログ的に行なわれることになる
具体的にどうやって、という話は現時点でまったく公開されていない。ただ少なくともトランジスタは一切使っていない(だからこそ稼働時には静的電力のみで、消費電力は演算あたり200fJ未満とされる)ようだ。ちなみにTSMCの28nmでの数字ではあるが、これは実測値ではなくTSMCの28nmプロセスの特性値からの推定と思われる。
同種のものとしてMythicのMatrix Multiplying Memoryが連想されるが、あちらはフラッシュメモリーを抵抗として使っているのに対し、こちらは少なくともフラッシュメモリーではないようだ。Standard CMOSプロセスで製造可能、と同社は説明しており、なにか別の原理で乗算をしているものと思われる。
この連載の記事
-
第768回
PC
AIアクセラレーター「Gaudi 3」の性能は前世代の2~4倍 インテル CPUロードマップ -
第767回
PC
Lunar LakeはWindows 12の要件である40TOPSを超えるNPU性能 インテル CPUロードマップ -
第766回
デジタル
Instinct MI300のI/OダイはXCDとCCDのどちらにも搭載できる驚きの構造 AMD GPUロードマップ -
第765回
PC
GB200 Grace Blackwell SuperchipのTDPは1200W NVIDIA GPUロードマップ -
第764回
PC
B100は1ダイあたりの性能がH100を下回るがAI性能はH100の5倍 NVIDIA GPUロードマップ -
第763回
PC
FDD/HDDをつなぐため急速に普及したSASI 消え去ったI/F史 -
第762回
PC
測定器やFDDなどどんな機器も接続できたGPIB 消え去ったI/F史 -
第761回
PC
Intel 14Aの量産は2年遅れの2028年? 半導体生産2位を目指すインテル インテル CPUロードマップ -
第760回
PC
14nmを再構築したIntel 12が2027年に登場すればおもしろいことになりそう インテル CPUロードマップ -
第759回
PC
プリンター接続で業界標準になったセントロニクスI/F 消え去ったI/F史 -
第758回
PC
モデムをつなぐのに必要だったRS-232-CというシリアルI/F 消え去ったI/F史 - この連載の一覧へ