このページの本文へ

業界を知り、業界をつなぐX-Tech JAWS 第26回

コロナ禍で社会インフラとなった保育園 ルクミーはこうして支えている

2021年06月16日 10時00分更新

文● 大谷イビサ 編集●ASCII

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 社会課題の解決に向けたAWSの活用を披露する第12回目のX-Tech JAWS。3番目に登壇したユニファの赤沼寛明氏は、保育園向けサービス「ルクミー」の概要やサービス開発について説明。社会インフラとなる保育園の業務改善や保育の質を上げるための安定性・耐障害性といったWell Architectedな設計の重要さをアピールした。

保育士はコロナ禍の社会を支えるエッセンシャルワーカー

 ユニファは保育や育児関連の社会課題を解消するいわゆるBabyTechやChildCareTechを手がけるスタートアップになる。コンサル時代に激務で家族コミュニケーションに難を抱えていたという創業者の課題感から生まれた会社で、「家族の幸せを生み出す新しい社会インフラを世界中で作り出していく」を目的として設定している。現在は保育所のパートナーという位置づけで「ルクミー」というサービスを展開しており、2015年に入社した赤沼氏はCTOとしてサービスの技術面を統括している。

ユニファは「AWS Startup Architecture of the year 2020」にも選ばれている

 では、保育所においてはどのような課題があるのだろうか? ご存じの通り、日本では少子化傾向がますます加速しているが、女性の社会進出が進んだことで、保育所の利用率はむしろ上がっている。一方で、保育士の不足はいまだに続いており、特に若い世代においては離職率も高い。

 また、コロナ禍においても、保育所は75~90%と高い稼働率となっており、保育士はいわゆる「エッセンシャルワーカー」として勤務する必要がある。「今までも保育の環境は厳しいモノがあったが、今まで以上に厳しい環境の中でも保育を行なっていくことが求められている」と赤沼氏は指摘する。子育てとの両立が難しい在宅勤務のワーカー、現場に赴かざるを得ないエッセンシャルワーカーの育児を支える「社会インフラ」となっており、保育所や保育士の重要性が再認識されているのが現状だ。

 こうした保育の現場に向けてユニファは、「ルクミー」によって単に業務効率を促進するだけではなく、保育の質を上げるサービスを提供していきたいという。将来的に標榜するのは「スマート保育園」「スマート幼稚園」「スマートこども園」。「事務作業や帳票、雑務などはルクミーのサービスが担い、保育士は本質的な保育の仕事に専念してもらいたい」と赤沼氏は語る。

ユニファが描くスマート保育園

うつぶせ寝を防ぐべく、園児の向きをセンサーでチェック

 今回、赤沼氏が説明するのは、睡眠中の園児たちを見守る「ルクミー午睡チェック」になる。保育園では、毎日2~3時間くらいお昼寝の時間があるが、園児たちがうつ伏せで寝てしまうと事故につながるリスクが高い。そのため、保育士はお昼寝中の園児たちを見守っているわけだが、やり方はかなりアナログ。赤沢氏が披露したチェックシートでは、5分ごとに園児がどっち向きに寝ているかを手書きの矢印で記述していくというもの。「なにしろ5分おきなので、業務負荷もかなり大変なものになっている」という課題から、ルクミー午睡チェックが生まれた。

手書きで5分ごとに園児の向きを記録していた

 ルクミー午睡チェックは園児にセンサーを付けて、体の向きを自動的に判別するというもの。定期的に向きを登録するため、手書きでの登録が要らなくなるに加え、途中でうつ伏せ寝になったときはタブレットアプリにアラートが上がる。「単純に業務改善を実現するだけではなく、安心・安全を提供するプロダクトになっている」(赤沢氏)という。さらに自治体の監査においても、そのままレポートとして提出できるとのこと。

 ルクミー午睡チェックの導入により、保育士は午睡チェックをしながら、連絡帳を書くことも可能になる。昨年の段階での導入施設数は3200、午睡センサーは3万5000個、タブレットは約5000台となっている。かなりの導入実績を誇っていると言えるだろう。

データを丁寧に処理するためのAWSアーキテクチャ

 このルクミー午睡チェックを構築するにあたって想定された課題は、まずピーク時が園児が昼寝を行なう11時~15時にアクセスが集中し、なおかつ5分間隔でのデータが送信されるというスパイク特性がある。また、データ量に関しては、5分間隔なので、一人当たり1時間で12レコード作られ、10人の園児が14時間使うとすると、施設あたり1680レコードとなる。これが施設数分になるので、データ量自体がかなり大きくなる。なにより園児のうつ伏せ寝は最悪の場合、命に関わるため、サービスの安定性はきわめて重要な要件だ。こうした要件からユニファはAWSをベースにシステムを構築した。

 システムとしては、午睡チェックセンサーからiPadにBLE経由でデータを定期送信。さらにiPadからクラウド上にデータ送信し、API Gatewayを介して、EC2上のアプリケーションでデータが処理される。午睡チェックデータはDynamoDBへ、マスターデータはRDSに格納している。

 前述したアクセスのスパイクに対応すべく、EC2インスタンスはオートスケールで増設・縮退する。また、午睡データはキューイングサービスであるSQSにいったん格納され、EC2上のワーカープロセスがElastiCache上にあるデータの順番フラグをチェックしつつ、SQSから取り出してDynamoDBに書き込んでいる。なにしろ5分に一度スパイクが来るため、DynamoDBへの書き込みを漏らさないようSQSに保存しておき、ElastiCache上にステータスを管理しているのが特徴。処理が追いつかなかったキューはデッドレターキューに格納され、アラートが上がるようになっている。

 さらに、安定性や障害対策に向けたDesign For Failureの観点で、午睡チェック業務の実行中はサーバーへの接続ができなくなっても、センサーとiPad間のみで最低限の業務は行なえるようになっているという。サーバーへの通信も保育園のWiFiを経由せず、SORACOMのセルラー経由で行なっている。導入時のWiFi設定の手間を減らせるだけではなく、WiFiの通信が安定しないという事態を回避できるという。「センサーやiPadの設定はすべて済ませてあるので、ハコから出せばすぐ使えるようになっている」(赤沼氏)。

サーバーとの通信が途絶してもセンサーとiPadで業務は遂行できる

サーバーの通信ができずとも業務継続できるWell Architectedな設計

 2018年4月のサービス開始以来、補助金も追い風となって、昨年時点で導入は3200施設に拡大。データ量も800万レコード、累計では1.2億レコードになっているという。赤沼氏は、「こうした中でも、(AWSの採用によって)レスポンスやパフォーマンスの劣化を避けることができ、サーバーに接続できなくても、業務の継続ができるという点でも信頼性につながっている」と延べ、信頼性と運用の優秀さが命に関わる業務の安心・安全をサポートしていると導入効果を語った。こうした優れたアーキテクチャを評価され、ユニファは「AWS Startup Architecture of the year 2020」にも選ばれている。

 最後、赤沼氏は非接触の体温計のデータをBLE経由でスマホに送信できる「ルクミー体温計」、オンラインの写真販売サービス「ルクミーフォト」、連絡帳をスマホアプリ化した「キッズリー」、保育士のシフト作成を自動化する「ルクミーシフト管理」、送迎バスの位置を保護者に知らせる「ルクミーバス位置サービス」など多彩な保育所向けサービスを紹介した。先日6月11日にはルクミーシリーズ(「ルクミー」シリーズとキッズリー)のサービス導入数が1万を超えたことが発表されている。

 赤沼氏は、「スマート保育園のためのスマートソリューションをトータルで提供すべく、多くの業務をカバーするプロダクトの開発やプロダクト間の連携を進めていく」とアピール。ユニファの描くスマート保育園への共感や支持はますます高まっていくだろう。

■関連サイト

カテゴリートップへ

この連載の記事