HomePodの製造終了、HomePod miniへの注力という、ホームスピーカー分野での方針を固めたアップル。今回は少し視野を広げて、アップルのオーディオ製品やテクノロジー全般を見渡しながら、次の一手を考えていきたいと思います。
●AirPods Maxの衝撃と課題
2020年12月、アップルはAirPods Maxを登場させました。日本で6万7980円という、これまでのAirPodsシリーズだけでなく、オーディオの世界を見渡してもミドルレンジのハイラインの価格に位置するヘッドフォン型のデバイス。
機能面ではAirPods Proを踏襲し、アクティブノイズキャンセリング、アダプティブイコライジング、空間オーディオといった機能を搭載するH1チップで実現していますが、アルミニウムのカップの中にはずしりと重たいドライバーが内包され、マイクの数も増加。H1チップの隠された性能を最大限に引き出す「コンピュテーショナルオーディオ」を実現しています。
この価格と携行性に劣る重量は、これまでのAirPodsユーザーとは完全に異なるターゲット、つまり上級オーディオの世界へのアプローチに見えます。
しかしここで、HomePodと同様の問題にぶつかります。すなわち音源となるデジタルファイルが、256kbpsのAAC圧縮音源止まりであり、ハイレゾ音源に比べて情報量が劣る点は改善されていないことです。
アップルは、Apple MusicやiTunes Store向けに「Apple Digital Masters」(ADM)という規格を提供しています。マスター音源を元にして、いかにして高品質な256bps AACファイルを作成するかという手法も公開しています(https://www.apple.com/jp/itunes/docs/apple-digital-
masters-jp.pdf)。
文書の中で、アップルは非圧縮の24ビット音声ファイルの提出を求めているのですが、興味深いのは、この中にある次のような記述です。
テクノロジーの進化、回線およびデータ容量、バッテリー持続時間や CPU パワー の向上にともない、ハイ・レゾリューションのマスターを私たちのシステム内に保存しておくことにより、あなたの音楽やあなたのクライアントの音楽を、将来的な様々な用途の変化にも対応できるようになります。
この点は、AirPods MaxやHomePodにとって有望な可能性を示すものです。アップルは文書の中で、ユーザーのリスニング環境にも言及しています。
リスナーは騒音の激しい地下鉄の中での AirPods で、またあるリスナーは自宅のベッドルームの HomePodでバッハのカンタータを熱心に聴いているでしょう。あるいは、AVルームで AirPlay2 搭載の Denonアンプで聴いているかもしれません。また、大学の図書館で Beats Studioヘッドフォンを通じて、マイルス・デイヴィスのアルバム「Sketches of Spain」の世界に浸っている大学生もいるでしょう。
これはユーザーの聴く環境によって、AACファイルを出し分けたり、より高いビットレートでの圧縮を施したAACファイルを提供する可能性に備えようとしているように見えます。
それだけに、HomePodの製造が終了してしまったことは残念に感じると共に、上位モデルのHomePodがここで終わるとはどうしても思えない理由でもあります。

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