ArmにしてもCEVAにしても、売るのはAI/ML(機械学習)のアクセラレーターIPであり、これをメーカーが組み込んで製品化するという方向性であった。これに対してチップ売りを狙ったのがETA Computeである。
ETA Computeは2015年に創業されたメーカーで、現在もまだ株式公開はしていない。創業からしばらくはステルスモードで推移しており、情報をある程度公開し始めたのは2017年のことである。この時の同社がなにを狙っていたかというと、他社製品と比較して消費電力が10倍少ないMCU(Micro Controller Unit)であった。
2017年4月に出たプレスリリースによれば、ETA Computeは待機時の駆動電圧をサブスレッショルドの領域(0.25V)まで下げられる技術を利用することで、TSMCの90LP(90nm Low Power)プロセスを使いながら、極端に待機電力を落とすことに成功したとしている。
加えてMCUだけでなく周辺回路(A/Dコンバーター、リアルタイムクロック、DSP、AES対応の暗号化アクセラレーターなど)もやはり同様に低電圧に耐えられる(*1)構造を作ることに成功し、これらを集約して長大な待機時間に耐えられるMCUを開発した。
この当時、同社はまだAIは考えておらず、むしろIoTデバイスが2020年(去年だ!)までに240億個も増えるという前提のもとに、特に安価なセンサーノードなどを狙ったものだった。下の画像がその構図であるが、縦軸が消費電力、横軸が電池寿命(どちらも対数軸)である。
太陽電池などによる、いわゆる環境発電というのは、せいぜいが10μWのオーダー(もちろん極端に大きい太陽電池パネルをつけられればもっと出せるが、設置場所の制約が大きくなりすぎる)なので、通常のマイコン+センサーの駆動の役にはたたない。
逆に言えば、環境発電で動作する、あるいはCR2032などのボタン電池1個で10年動作するMCUを作れば、安価なセンサーノードなどに採用が期待できると考えたわけだこの当時、ETA ComputeはむしろIP売りを前提にビジネスをしていた。ウェブサイトのProductsページを見ると、まだチップを売ることは考えていなかった。
画像の出典はWeb Archive
この方針が一転するのは2018年のことである。同社はSNN(Spiking Neural Network)をベースにした第3世代のニューラルネットワーク向けのシステムの開発という名目で、複数のベンチャーから800万ドルのシリーズAの投資を受けている。
もともとCNNは(連載561回でも書いたが)必ずも生化学、つまり脳内の神経細胞の振る舞いのシミュレーションとは無関係な、勾配法という計算科学でよく利用されている手法を使ってもうまくシミュレーションできるというところから始まっており、畳み込み(Convolution)はその一部である。
対してSNNは神経細胞の振る舞いにより近づけたモデルを利用することで精度や性能を改善しよう、というモデルである。2018年3月には、早くもこれに向けたIPプラットフォームの提供を開始する。また。従来の省電力IoTノード路線として、2018年6月には日本のロームと共同でセンサーノード向け開発ボードを発売している。
ここでついにETA ComputeはそれまでのIP売りからチップ売りにビジネスを方向転換した。要するに小さな会社がIPを提供しても、誰も評価してくれない。であれば実際にチップを作って使ってもらえばわかるだろう、という発想だったのだろう。
(*1) 通常の回路では、スレッショルド電圧(おおむね0.5~0.6V)を下回ると、回路が状態を保存できなくなる。なので、スレッショルド電圧を下回る場合はもう回路への電力供給を止めてしまう。ただこの場合、復帰する際には回路の初期化が必要になる。したがって、煩雑に待機するような場合、待機状態により節約できる電力より、復帰のための初期化の電力が多くなりかねない。ETA Computeは、スレッショルド電圧を遥かに下回る電圧でも状態が保存できる仕組みを入れたことで、復帰時の消費電力を大幅に削減できることになる。
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