「おにぎりせんべい」で有名な老舗製造業のマスヤは、昨年Slackを導入し、グループ全体のコミュニケーション基盤として定着を進めている。マスヤグループのIT管理チームに、Slack導入の経緯や活用方法、現場への定着などを聞いた。
グループのシステム統合を機にSlackを導入したマスヤ
関西圏では圧倒的な認知度を誇るおにぎりせんべいは、2019年に50周年を迎えた歴史のある定番おせんべい。甘いしょうゆ味で、しっとりした食感が印象的で、大人だけでなく子供も食べやすい。そんなおにぎりせんべいを手がけるマスヤは三重県の伊勢市に本社があり、マスヤグループ全体では伊勢志摩地域を中心にホテルやブライダル、酒造、介護など幅広く事業を運営している。
マスヤグループのCIOを務める神山大輔氏はもともと東京のIT企業で長らく働き、約1年前にUターン転職で地元に戻ってきたとのこと。仕事も変わり、住むところも変わったが、「Slackがあるからこそ、地元でも仕事ができると感じた」と語る。そんな神山氏の大きな課題はグループでITが統一されていないという点で、唯一共通で使われていたサイボウズ Officeも使用頻度はばらついていたという。「全部のシステムがバラバラで、購入も保守も別々になっていて、効率がよくなかった。この状況を効率化し、地方からのイノベーションを促進する一翼を担いたいと思った」と神山氏は語る。
こうしたITシステムの統合化・効率化の流れで昨年の5月に導入されたのがSlackだ。もともとマスヤでは別のチャットツールが使われていたが、グループ全体に展開する際にSlackに切り替えた。社長がすでにSlackについて知っており、機能がどんどん追加されていく点も魅力的だったという。「無償版からスモールスタートできるし、有償版も中小企業にもやさしい価格体系でした」(神山氏)は選定理由について語る。
もちろん、課題がなかったわけではない。「以前使っていたチャットツールは、既読がわかるサービスだったので、Slackはなんでわからないのとは言われました。でも、絵文字(エモティコン)のリアクションに慣れればよいと説得したし、既読や未読が心配になってしまうという考え方もあるので、問題ないと思いました」と神山氏は語る。
コロナ禍のテレワークでSlackが現場のツールとして定着
昨年5月にSlackを導入し、今では有償ユーザーもマスヤで150ユーザー、グループ全体で300~350ユーザー程度の規模に拡がっている。基本オフィスワークの従業員がメインで、端末は業務用PCのみならず私物のスマホも活用。チャンネル数も200を超えており、全社、部署、プロジェクトなどさまざまな形で利用されている。ただし、工場は構内PHSのみ持ち込み可能で、現状スマホはNG。そのため、バックヤードの共有PCから利用するという状態だという。
もともとチャットを使っていたこともあり、現場が慣れるのは早かった。また、Slackが「コラボレーションハブ」として、さまざまなツールとシームレスに連携できる点も定着に貢献しているという。マスヤグループ IT管理チーム 伊藤彰紀氏は「Zoomも使っているのですが、Slackの中で使えるので、みなさんが慣れるのも早かった」と語る。
導入効果としては、報告を待たずに、経営者やマネージャーから業務の進捗が見えるようになったことだという。「部下から報告をもらったときに、どこまでが事実でどこからがその部下の解釈なのかがわからない時がある。そんな報告をベースに判断するよりも、Slackで業務のやりとりから事実を読み取って判断した方が良いケースもある」と神山氏は語る。逆に部下の立場からも報告書を作らず、業務のやりとりを見せることが可能になった。Slackのオープンチャンネルの文化が業務を可視化したという好例だろう。
Slackは今回のコロナ禍でも効果を発揮した。「僕自身も食品製造業でテレワークなんて無理だと思っていました。でも、そんなこと言っていられない。テレワークに舵を切るべく、手探りでいろいろやりました」と神山氏は振り返る。
たとえば、テレワーク導入の当初はSlackのワークフロービルダーで作成したフォームで、テレワーク環境に関して調査したという。「そもそも従業員の自宅にインターネット環境があるかもわかりませんでした。Slackのテレワークチャンネルに参加する際にフォームを立ち上げ、有線か、モバイルか、PCがあるか、カメラがついているかなどを、調べるようにしました」(神山氏)。インターネット接続環境がなかったユーザーにはモバイルルーター、PCがなかったユーザーにはPCを調達し、なんとか切り抜けたという。
ワークフロービルダーはまだ試作段階だが、ユーザーが投稿できる提携フォームが作れるため、いろいろな活用が試行されている。実際に画面を見せてもらったが、相手が読んだかとどうかを確認できる電話メモや、定例会議の参加確認や議題収集など、さまざまな用途で試作が行なわれているようだ。
現場の工夫で紙からデジタルへ軽々と移行
Slackの導入によって、口頭でのやりとりや紙のワークフローも自然にデジタル化されたという。DXと言うほど力まずとも、現場の工夫で気軽にアナログの壁を越えてしまったのがマスヤの事例の面白いところだ。
たとえば、口頭での連絡はコロナ禍のテレワークによってSlackに置き換わった。マスヤグループ IT管理チーム エキスパート 柴田純矢氏は「三密を避けなければならないのに、オフィスでは今までの口頭でのやりとりが発生していました。でも、テレワークに移行したことで、Slackでのやりとりが定着するようになりました」と語る。
しかも、現場のメンバーがチャンネルでのやりとり内容を決めるようになった。同社ではチャンネルの命名規則など最低限のルールのみ定めて運用しているが、テレワーク下において、現場らしい使い方を自ら模索し始めたのだ。「受発注の一部はまだ紙ベースなのですが、紙の伝票や一覧表をスキャンして、Slackで共有して、営業と生産管理側がやりとりし始めました。私もちょっとびっくりしました」と柴田氏は語る。
ユニークなのは受信したFAXをそのままメール経由でSlackに流すという使い方だ。「今まではFAX担当が担当ごとに配っていたのですが、自動的にSlackにアップされるので、外出先からも気軽に確認できます。ITに弱い人でもきちんと使えて、効果を感じています」と神山氏は語る。
今後のテーマはやはり定着だが、現場に引き続き、役員が慣れつつあるので、いよいよSlackはマスヤグループ全体の標準ツールとして根付いていきそうだ。「先行ユーザーであるカクイチさんや武蔵精密工業さんからは、いろいろな知見を共有してもらっていますので、展開の参考にさせていただいています」(神山氏)とのことで、老舗製造業同士のSlackユーザーの輪も定着に大きく寄与しているという。