業務を変えるkintoneユーザー事例 第84回
業務改善に辿り着くまでに経験するのはきらびやかな成功ばかりではない
中山靴店がkintoneと出会い、社員と業務改善を実らせるまでの30ヶ月
2020年07月21日 09時00分更新
ドイツの国家資格と保健学の博士号を日本で唯一併せ持つ中山 憲太郎氏を筆頭に、技術力の高い職人を抱える有限会社中山靴店は「職人自ら注文をいただき、職人自ら作る」というスタイルを貫いている。国内6店舗を展開するまでに成長したが、その成長がもたらした弊害もあった。kintone hive 2020 Matsuyamaにおける「IT素人がkintoneと歩んだ30か月」では、同社の課題をkintoneで解決するまでの険しい道のりが語られた。
支店同士の情報共有をスムーズにするためkintoneを導入
創業の地である岡山県内に3店舗、大阪、京都、札幌に各1店舗を展開する中山靴店は、現在約50名が働いている。創業70年と歴史ある企業でありながら平均年齢は30歳と若く、クラウドファンディングにチャレンジするなどベンチャー企業のような挑戦的な側面も持っている。しかし急成長や他店舗展開が課題をもたらしていたと、中山靴店の藤原 靖久氏は言う。
「課題となっていたのは、物理的距離による情報共有の難しさです。支店同士が離れているので社員同士の関係性が希薄になってしまい、全社的な管理体制づくりも遅れていました。翌月に請求書が届くまで、仕入れの金額も把握できていませんでした」(藤原氏)
各支店の業績比較は、時間当たりの生産性を指標としていた。各スタッフは日報とともに、当日の稼働状況を責任者にメールで伝える。各店舗の責任者はファイルサーバに置かれたExcelファイルに、スタッフの稼働状況を入力する。この、Excel編集も問題を抱えていた。そもそも、共通の指標であるはずの稼働状況や生産性の入力方法が、作業時間数だったり売上だったりとバラバラだった。
さらに、Excelの制約として同時編集できないという問題もあった。誰かが編集中に離席すると、戻ってきてファイルを閉じてくれるまで他の人は入力できない。ときには、ファイルを閉じ忘れたまま帰宅してしまい、翌朝まで他の人が入力できないということもあった。さらに、計算用の数式を誰かが勝手に書き換えてしまい、復元不能になることもあった。その結果、ファイルは毎月作り直されていた。
こうした課題に頭を悩ませていた頃、ペーパーレス化でつきあいのあった富士ゼロックス岡山から、kintoneを教えてもらった。オンラインでどこからでも入力できる利便性に惹かれ、富士ゼロックス岡山の支援のもと、基本的なアプリを数種類作って導入することにした。
「全社員を集めて説明会を実施し、スマートフォンにもアプリをインストールしてもらいました。日報アプリからスタートしましたが、この段階ではExcelやAccessの互換ツールでしかありませんでした」(藤原氏)
「業務改善」という言葉に出会いkintone活用を推進し、空回りした日々
データをためるだけの箱としてkintoneを使い始めた中山靴店に、転機が訪れた。藤原さんが「Cybozu Days 2018 Tokyo」に参加し、「業務改善」という言葉に出会ったのだ。そのインパクトは大きく、社長を伴ってCybozu Days 2018 Osakaにも参加したほど。
「当時、離職率の高さが社内の問題になっていました。職人が作る靴屋なので、技術力の高い職人が我が社の強みです。ところが、職人としての技術を身につけてこれからがんばってもらいたい人が、辞めていくのです。そのたびに、残されたスタッフは疲弊していきました」(藤原氏)
理想を持って一緒に仕事をしていた仲間をなんとか助けたかったが、その方法も考え方さえもわかっていなかったと言う藤原さん。Cybozu Daysで同じく離職率が高かったサイボウズ社の話を聞き、kintone AWARDでkintoneを使った業務改善の話を聞き、自分たちもkintoneを使って業務改善をやっていこうと心に決めた。
ここから、藤原氏の進撃が始まった。まず社内コミュニケーションを活性化するため、日報アプリにコメントを付けてもらうことにした。周囲に「コメントしてね」「読んだらいいね!を教えてね」とkintoneを布教してまわった。しかし思い描いたようにkintone活用は進まない。それどころかデータ入力さえも滞り始めた。これに対して藤原氏は、日報アプリにコメント欄を追加するなどの対策を打ったが、やはり活用は進まなかった。
「頭の中には、『なぜ?』という疑問符ばかりがありました。情報共有すれば仕事は楽になるのに、なぜ共有しないのか。コメント欄に記入すればあとですぐに見つけることができるのに、なぜ面倒くさいメールや電話で連絡してくるのか。我が社では業務改善など無理なのかもしれないと、諦めかけていました」(藤原氏)
それでも心折れずに取り組み続けることができたのは、一緒にCybozu Daysに行った社長が、kintoneをもっと使おうと言い続けてくれたからだという。でも、どんなアプリを作っても使ってもらえず、相変わらず人はどんどん辞めていく。ついに藤原さんはその状況を、長文のメールにしてサイボウズに送信した。すると、岡山でリモートワークをしているサイボウズの松森氏から返信が届いた。そこには、kintoneは現場レベルからじわじわ使いこなされていくものであり、現場を回って使い方を啓蒙していくような泥臭い努力も必要だと書かれていた。
「これを読んで、私は自分が思い込みにとらわれていたことに気づきました。社員の平均年齢は30歳、スマートフォンも使いこなしていて、ITリテラシーが低いわけでもない。kintoneも使いこなせるはずだし、現状の課題を解決する力がkintoneにあることもわかってくれるはずだと。アプリを用意すればユーザーは勝手に使ってくれると思い込んでいたんですね」(藤原氏)
現場の人に使ってもらう必要がある。そう気づいた藤原さんは、富士ゼロックス岡山が主催する「kintoneわくわく体験スクール」に参加した。ハンズオンセミナーのポイントを自身の経験として学び、今度は藤原さんが講師となって社内でハンズオンセミナーを実施した。
「ハンズオンセミナーの後、小さな変化が起こりました。現場でアプリを作る人が現れたのです。管理者の視点から見れば、勝手にアプリが増えるのは困ることでもあります。しかし、仲間が増えたことがとにかくうれしかったですね。kintone仲間は次第に増えてって、共有したい情報があれば『kintoneに上げときますね』と自然に会話できるようになっていきました。やっと、スタートに立てました」(藤原氏)
kintoneで業務改善はできる しかしkintoneが業務改善をするわけではない
kintoneを使ってくれる人が増えたことから、日報アプリも改めて作り直した。社員が入力するデータも変化した。店舗ごとに情報をとりまとめていた頃とは違い、全社員から見えるようになったことで、良い影響ももたらされた。そうした“良い影響”のひとつとして藤原さんが挙げたのは、なんとkintone上で起こった社内での炎上事件だった。
「社長が掲示板に、コロナウイルスへの対応方針を投稿しました。それに対して社員がコメント欄にさまざまな意見を書き込み、炎上状態となりました。これを見て私は、やっとここまでこれたと思いました」(藤原氏)
この炎上事件は、その後のkintoneの使い方や社内コミュニケーションの雰囲気を方向付けたものになったと、藤原さんは言う。社員からの意見を社長はなかったことにしなかった。この経験を経て社員はkintoneを、自分の意見を言っていい場だと理解した。誰からも見えるオープンな場で、自由に意見を言い合う雰囲気が醸成され、現場から改善の意見も出るようになった。藤原氏が求めていた業務改善に向けて、中山靴店はやっと動き出したのだ。
ちょっと遠回りだったかもしれない。しかし、うまくいかない経験を重ねることで見えてくるものもある。藤原さんは、自分の勘違いに気づいた。kintone hiveの発表を聞いていると、すごいアプリがたくさん紹介され、登壇者はキラキラと輝く成功者に見える。しかし実際の業務改善の現場は、輝かしい部分ばかりではない。
「kintoneでアプリを作ることは簡単です。でも、kintoneで業務改善をするのは簡単ではありません。また、kintoneで業務改善はできます。けれど、kintoneが業務改善するわけではありません。業務改善はそこで働く人々が行なうものです。kintoneというツールがあっても、人々にその意志がなければ業務改善は進みません」(藤原氏)
使ってもらえず、作っては削除を繰り返した中山靴店のkintone。いまでは43のスペース、215のアプリがある。そのアプリの数だけ、人の想いが詰まっている。すべてが改善成功例ではないが、すべてが改善の種だと藤原さんは語った。その種が芽吹き、花咲くとき、またひとつ改善が実現するのだろう。
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