これは「最高のGT-R」かもしれない
前置きが長くなったが、試乗することにしよう。今回紹介するCRSは、NISMOが中古で購入したというMY13のブラックエディション(当時963万円)の車体をベースに手をいれたもの。試乗はミニサーキットでだったが、試乗直前に雷雨が襲い、路面はヘビーウェット。建物内に避難し、雨脚が弱まってから出発した。
筆者は過去すべてのGT-Rを体験したわけではなく、知るのはMY14とMY17の普通仕様とNISMOのみ。すべて田村氏が関わったモデルだ。
その中で強烈なインパクトとして残っているのはMY14のGT-R NISMOだ。実はGT-R NISMOが人生初のNISSAN GT-R体験で、街中を試乗したのだが甲高いタービン音と変速の度に室内に響くメカノイズ、何よりロードバンプで脳天が割れるかのような脚の硬さに悶絶した。それに比べたら、MY14は普通乗用車に比べれば足回りは硬く、ちょっと踏めば2.7秒後には時速100km/hに到達する加速は強烈の一言ではあるものの「なんと平和で素晴らしい車なのだろう」と思い安堵した記憶がある。とはいえ、試乗後「NISSAN GT-Rは恐ろしい車で、うかつに近づいてはならない」と、その時心に誓った。
数年後MY17を試乗。「ママのお買い物車としても使えそう」なほどの快適さでありながら、アクセルを踏めば途方もない速さに「技術レベルの高さ」「最新のGT-Rこそ最高のGT-R」であることを知った。その後、MY17のNISMOを試乗。恐怖体験であったMY14 NISMOと比べ遥か大人になったそれは、レーシングの息吹を常に感じさせながらも、適度な扱いやすさと扱いづらさが両立。GT-Rの目指すべき姿はMY17型であるが、個人的にGT-Rの完成形はMY17のGT-R NISMOであると確信した。
その経験をふまえていえば、NISMO大森ファクトリーチューンによるMY13のCRSは、MY17のGT-R NISMOに似ていると思う。逆に言えば、手持ちのGT-Rが最新のNISMOカーに近づくということ。これはとんでもないことだ!
覚悟を決めていた脚回りは確かにしなやかで、誤って縁石に乗ってしまったのだが、跳ねてどっかに行くようなことはなく、柔らかな一瞬の衝撃と、スッと収まる挙動に、一般道のロードバンプでも不快さを感じることは少なそうだ。感動したのは、四輪のどこに加重がかかっているのかがステアリングや腰から伝わってくること。このインフォメーション能力の高さは運転していて気持ちが良い。GT-Rのステアリングを握るたびに、MY14 GT-R NISMOのトラウマと圧倒的なパフォーマンスの高さから、常に緊張を強いられ楽しいと思ったことはなかっただけに意外だった。
ウェット路面で約600馬力の車を運転するのは恐怖の一言でしかなく、コーナーの立ち上がりでラフにアクセルを開ければテールがズルっと流れる。その中においても車が「大丈夫だから踏みなよ」とドライバーの背中を押し、圧倒的なスタビリティーという安心感と勇気を与えてくれる。よい学校の先生というのは、まず子供にチャレンジさせ、その挑戦をサポートしながら、ダメだったところをきっちり指導するというのをどこかの本で読んだことがあるが、CRSのR35はまさにそれ。下手をうつと、アンダーだったり色々と教えてくれ、周回を重ねるごとに運転が上手くなっていくような気がした。これはクルマではなく「NISMO先生」と呼びたくなる。
さらに、NISMO先生の声(エキゾースト・ノート)が大変素晴らしく、誰もがアクセルを早く開けたくなること間違いナシ。しかも、S1チューンエンジンの拭け上がり、トルクカーブ、拭け上がりは素晴らしいの一言。ただただ気分が高揚する。
このドライバーに寄り添い、気分が高揚する感覚が、MY17のGT-R NISMOとの大きな違いといえそうだ。現行GT-Rからレーシングマインドが失われたわけではないのだが、水野氏が手がけたGT-Rにはレーシングマインド色が濃く、さらにレース屋であるNISMOが手を加えているがゆえだろう。車好きの気持ち、ツボをぐりぐりと押してくる。正直に言えば、NISMO先生こそ、私が理想とするGT-Rだ。
さらにNISMO先生の驚くべきところは、やや年配であるにも関わらずシャキッとしているところ。新車同様、という言葉よりもパッキパキという擬音が相応しい。このパッキパキ感は新車でも味わったことがない。NISMO大森ファクトリーの凄さ、恐ろしさを感じた。
柳田選手も称賛する脚のよさ
さて、ド素人の筆者ではGT-Rのポテンシャルを図り知ることはできない。そこでSUPER GTをはじめ世界で活躍する柳田真孝選手の隣で、そのパフォーマンスを体験させてもらう機会に恵まれた。濡れた路面でプロドライバーがすることはただ一つ。柳田選手の瞳の奥から「やりますからね」という意思を感じた。そう、「ドリフト大会」だ。
雨降る路面で急加速と急減速を繰り返し、LSDの作動音が車内に響き渡りながらも、笑顔でドリフトをする柳田選手。サーキットで遊んでというのはこのことか、とあらめて思った。そしてこんなことをした後に、ちゃんと帰れるというCRSのコンセプトに改めて驚きを隠せなかった。
周回するうちに、どんどん大きな瞳を輝かせながらドライビングする柳田選手は、まるで玩具を与えた子供のよう。「ホント、この車楽しいんですよ」とおっしゃいながら、途方もないスピード領域へ車を持って行く。いい意味で頭のネジが数本飛んでいると感じた。その様子を車内から撮ろうと試みたが、前後左右にGが身体に襲い、諦めてひたすら楽しむことにした。
大抵、このような状態になると恐怖で顔がひきつるのだが、柳田選手のドライビングテクニックもさることながら、それに応え、さらにスタビリティが高く、しなやかな乗り味のCRSだからか、クルマは空飛ぶ絨毯のように快適であるため、怖さがない。
柳田選手に運転中、現行GT-Rとどちらがお好きかを伺ってみたところ「今のGT-Rもいいですが、ぼくはこっちが好きですねぇ」と、満面の笑みを浮かべながら、ガガガっとLSDを利かせながらテールスライド。「ホントこの脚はしなやかでいいですよ」とCRSの脚を語る柳田選手の言葉に嘘偽りナシだ。
【まとめ】GT-Rは古くならない!
私たちの国にはGT-Rがあることを誇りたい
近年、自動車メーカーの中には過去の名車をレストアするサービスを実施している場合がある。その中でNISMOのCRSは、オーバーホールに留まらず、現在のパフォーマンスを与え、さらに独自の輝きを与える一歩進んだ考え方だ。モデルイヤー制を取るがゆえに、常に最新のGT-Rが最高のGT-Rと宿命づけられたクルマだが、裏を返せば買った瞬間から、来年のクルマはもっとよくなると言われてしまっているようなものだ。しかし、それは半分正解で半分間違い。何もしなければ古くなるが、NISMOの手にかかれば古くならない。
GT-Rは、クルマ好きからすれば憧れの象徴だ。ガンバって購入したユーザーとしても、愛車がパフォーマンス面で現行モデルと対等に渡り合えるというのはうれしいだろう。
「家族と共に過ごしてきたNISSAN GT-Rが最新のスポーツカーに抜かれたことで父親は免許返上を決意。しかしそれを見ていた息子は、父の意志と車を受け継ぎ、NISMOの手により第一級のパフォーマンスを与えられたGT-Rで仇討ちに出る……」という夢物語も現実になる。
ちなみにこのCRSパッケージ、第二世代GT-Rにも用意されている。第二世代GT-Rでサーキットに行き、思いっきり遊んで快適に帰れる。そして前出の親子の夢物語のように、親から子へとクルマが受け継ぐことができる。こちらも、いつの日かこちらもレポートしたい。
戦闘集団であるNISMOが手がけたチューニングは激辛なモデルではなく、クルマをもっと楽しくするものだった。その志の高さに拍手を送りたい。そして最後に「私たちの国にはGT-Rがあることを誇りたい」と思った。
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