ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第409回
業界に痕跡を残して消えたメーカー HDDの容量を劇的に増やす圧縮ソフトStackerを送り出したSTAC
2017年05月29日 12時00分更新
Stackerで急速に成長するSTAC
このStackerの発売により、STACは急速に売上を伸ばすことになる。後述する訴訟の関連書類によれば、同社の売上は1988~89年は売上が大体70~80万ドル前後で推移しており、1990年までは営業損失が出ている状況だった。ところが1990年に売上は170万ドル、1991年には830万ドルとなり、この1991年には一株あたり1セントではあるが営業利益も出ている。
1991年3月までの6ヵ月間(会計年度的には1992年度)は230万ドルの売上と一株あたり4セントの営業損失だったのが、1992年3月までの6ヵ月間(同1993年度)は1700万ドルの売上と一株当たり21セントの営業利益、というからその伸びは尋常ではない。この売上のほぼすべてが、Stackerによるものだった。
1992年5月には株式公開も果たし、300万株を12ドルで売り出している。もっともこの後、1992年7月に発表された第3四半期の売上が芳しくなく、いきなり株価は5.5ドルまで下がったことで、同社の株を買った株主に訴訟を起こされたりするなど、決して上り調子一本槍ではなかったのだが、長期的に見れば順調な範囲に含まれるものだった。ちなみに、訴訟は同社の情報開示が十分でなかったというもので、最終的に棄却されている。
この後も同社はStackerの改良を続けていく。1991年に投入されたStacker 2.0(MS-DOS 5.0に対応)に続き、1992年末ににはMS-DOS 5.xとWindows 3.0に対応したStacker 3.0をまずは発売、マイクロソフトのMS-DOS 6.0にリリースにあわせて1993年6月には3.0のUpdate版も発売し、その後Windows 3.1にも対応したStacker 3.1を出荷する。
画像の出典は、“Computer History Wiki”
問題は、このMS-DOS 6.0にあった。MS-DOS 6.0のリリースに先立ち、Digital ResearchはDR-DOS 6.0を1991年9月に出荷を開始している。このDR-DOS 6.0には、AddStor社のSuperStorと呼ばれる、Stackerの競合製品がバンドルされる形で搭載されていた。
こうした競合製品の性能比較の一例が下の画像だが、Stackerは競合製品と比較して比較的圧縮率も高く、オーバーヘッドも少ないということで、割と良いポジションを確保できており、DR-DOS 6.0にSuperStorが搭載されたことはさして脅威とはならなかった。
実際Stacker 3.0ではDR-DOS 6.0へのサポートも追加されており、DR-DOS 6.0+Stacker 3.0という組み合わせも現実に使われていた。
画像の出典は、“Google BooksのInfoWorld 1992年2月17日号”
マイクロソフトにStackerのコードを開示
見事に模倣され訴訟問題に発展
問題はマイクロソフトである。後追いの形でMS-DOS 6.0をリリースするにあたり、機能面での見劣りがあることはやはり許容できないので、なにらかのディスク圧縮ソフトを提供する必要がある。とはいえ自社で開発は難しいと思ったのだろう。1992年から数ヵ月に渡り、マイクロソフトはSTACとライセンス交渉を行なっている。
この際にマイクロソフトは、ライセンスを受ける際のDue Diligence Process(企業買収などでよく出てくる用語で、正確な価値あるいは金額を見積もるための精査プロセス)の一環としてSTACに対してStackerのコードを要求している。
当然これは機密保持契約の環境下での、あくまでライセンス金額を見積もるため「だけ」に提供したものであるが、この頃のマイクロソフトはわりと乱暴だった。ここまで読めば見当がつくと思うが、マイクロソフトはライセンス契約を打ち切り、自社で圧縮ソフトを開発。その際にStackerの技術を見事にパクった。
MS-DOS 6.0には、DoubleSpaceと呼ばれる「マイクロソフト独自」のディスク圧縮技術が標準搭載されることになった。もちろんこれはStackerが不要という意味でもあり、この結果MS-DOS 6.0発売直前には12ドルだったSTACの株価は、発表直後には3ドルまで急落している。
ただこのMS-DOS 6.0に搭載されたDoubleSpaceは、発表直後に致命的なバグ(*2)を抱えており、最終的にはこれはMS-DOS 6.2をリリースし、ここに修正版のDoubleSpaceを搭載することで解決している。
ほかにもメモリー保護関連の問題なども抱えており、総じてDoubleSpaceのソフトとしての質はあまり高いものではなかったので、ほかの状況が変わらなければ、最終的にはStackerにユーザーは回帰したかもしれない。
とはいえ、そんな悠長なことを言っているひまはSTACにはなかった。同社はMS-DOS 6.0発売直後、マイクロソフトを訴える(当然ながらマイクロソフトも直ちに反訴しているが)。この訴訟の最初の判決は1994年2月に下されており、マイクロソフトはSTACの保有する2つの特許を侵害しているとして1億2000万ドルの補償的損害賠償を命じた。
もっともこの際、裁判所はマイクロソフトの反訴の一部(*3)を認め、STACに対して1360万ドルの支払を命じている。
(*2) フラグメントがひどい状況で利用すると、書き込んだデータが2度と読み出せなくなる場合があるなど。
(*3) マイクロソフトが未公表のAPIをStacker 3.1が利用しているというもの。STACは、これはリバースエンジニアリングで発見したものだと主張していた。
ちなみにこの裁判にあたり、マイクロソフトはSTACに対して当初100万ドル/月のライセンス料の支払を提案したが、400万ドル/月を要求され、折り合いが付かなかったとしている(本当かどうかはもうわからないが)。
STACは、この裁判の際にDoubleSpaceを搭載したMS-DOSの発売差し止め命令も要求しており、これに備えてマイクロソフトはただちに、DoubleSpaceを搭載しないMS-DOS 6.21をリリースする。
双方とも直ちに上訴の準備に入るものの、最終的には1994年12月に法廷外和解を行なうことで決着がついた。この決着でマイクロソフトはSTACに対し、まず特許の侵害に関する慰謝料として3990万ドルを支払い、さらにSTACの保有する特許使用料として4300万ドルを支払うことに合意する。
またマイクロソフトは、STACの保有特許に抵触しない圧縮技法を開発し、これをDriveSpaceという名前でMS-DOS 6.22に実装することで、やっと一連の問題が解決したことになる。
この連載の記事
-
第796回
PC
Metaが自社開発したAI推論用アクセラレーターMTIA v2 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第795回
デジタル
AI性能を引き上げるInstinct MI325XとPensando Salina 400/Pollara 400がサーバーにインパクトをもたらす AMD CPUロードマップ -
第794回
デジタル
第5世代EPYCはMRDIMMをサポートしている? AMD CPUロードマップ -
第793回
PC
5nmの限界に早くもたどり着いてしまったWSE-3 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第792回
PC
大型言語モデルに全振りしたSambaNovaのAIプロセッサーSC40L Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第791回
PC
妙に性能のバランスが悪いマイクロソフトのAI特化型チップMaia 100 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第790回
PC
AI推論用アクセラレーターを搭載するIBMのTelum II Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第789回
PC
切り捨てられた部門が再始動して作り上げたAmpereOne Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第788回
PC
Meteor Lakeを凌駕する性能のQualcomm「Oryon」 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第787回
PC
いまだに解決しないRaptor Lake故障問題の現状 インテル CPUロードマップ -
第786回
PC
Xeon 6は倍速通信できるMRDIMMとCXL 2.0をサポート、Gaudi 3は価格が判明 インテル CPUロードマップ - この連載の一覧へ