あなたもネズミになれる!
上野の国立科学博物館で、3月18日から始まった「大英自然史博物館展」(6月11日まで開催)に、チャールズ・ダーウィンの『種の起源』の直筆原稿が展示されるそうだ。すべての種が共通の祖先から発生して進化系統樹を作っているというのは、日々プログラムを書いているような人ならソフトウェアもそんなもんだよと感じたりしていると思う。
日本ではあまりそういう教え方をしていないが、産業革命の時代に、機械が改良されて進化してするのを目の当たりにしたのが進化論の背景としてあった。ちなみに、『種の起源』の刊行が1859年、チャールズ・バベッジがコンピューターの祖先とされる「解析機関」を設計したのは1837年から1871年とオーバーラップしている。直筆原稿は、オリジナルのソースコードみたいな感じだ。
さて、私もOculus Riftの初代から手にいれて「VR」(仮想現実)には、興味津々である。昨年から、毎週のようにその応用例や新製品がニュースになっているが、個人的には、2012年に発表されたバルセロナ大学の「ネズミになる」研究が、いまだにいちばん楽しいし可能性を感じている※1。詳しい内容は、そのようすがYoutubeにアップロードされているのでそれを見るのが早いのだが、VRは、「新しいメディアの形」なんかじゃなくてもっと別の次元のものだと思っている。
この実験の被験者は、1人の人間と1匹のネズミである。人間の被験者は、ゲームの中の一場面のような部屋の中でもう1人(知らされていないが人間に見えて実はネズミ)と一緒にいる。VRなので、まわりを見まわしたり初対面の相手のようすを窺ったりしている。一方、ネズミのほうは、小さな部屋の中でちょうど自分と同じくらいの大きさなの円筒形のマイクロマウス(名前に注意=80年代に流行った原始的な自走式経路探索機械)のようなロボットと一緒にいる。
ここで、ネズミのいる部屋と人間が入っているVR空間は、1:1で対応している。ネズミの動きはVR空間にいるもう1人の人間の動きとなり、VR空間にいる被験者の動きはネズミの部屋のロボットの動きになる。これによって、「ネズミの部屋=人間の部屋」という構図が、パラレルかつ連動して実現されるわけなのだ。つまり、人間側からネズミの部屋をイメージすると、
「人間がネズミになった」
といえる状態ではないかと思う(論文のタイトルは“Beaming into the Rat World”で“Beaming”に“Transport”的な意味があるので“ネズミの世界に変身テレポート”みたいなニュアンスだろう)。研究によると、こうすることでネズミと人間というまったく別の種が、一緒に「ゲーム」や「共同作業」をできるよううになるそうだ。なんと、ネズミと人間が、協調しあえるかどうかのカギを握るのは空間的な「スケール感」だというのである!
ところで、これは5年も前の実験なのでVRも含めてなかなか大変だったと思うが、いまは気軽に似たような体験ができる。というのは、ドン・キホーテで1万9800円で売っている「Running Live Camera」が、なかなか楽しい商品だ。カメラという名前はついているものの4輪自走式で、自宅や会社などの無線LANを経由して、たとえば旅行先からでもスマホで動かせる。カメラを上下ししたり、声を届けたり、自由に走りまわったり戦車みたいに超信地旋回(その場で方向転換)させて周囲を見回すこともできる。
こいつに自宅からアクセスして、休日や夜中(暗視機能がついている)の誰もいないオフィスを動きまわって遊んでいると、「自分はこういう4輪で800グラムくらいしかない生き物ではないか?」などという気分になってくる。ちなみに、VR機能もついていて1つのスマホを左右2分表示してゴーグルに装着、もう1つのスマホを傾けるなどして操作するようになっている。
バルセロナ大学の研究のことを知ったとき、私は、「めちゃ、楽しそう。新しいペットの楽しみ方=ペットと飼い主が同じ立場で対話する新世紀への突入!」と心ときめいたものだ。一方で、現在ではアダルト産業におけるVRの応用も試みられているようなので、VRイメクラ(イメクラ自体行ったことがないのでよく知らないが)みたいなサービスも誰かが考えているはずである。その場合、すっかりいい感じになった相手がネズミのチュー子だった(!)なんて、シャルル・ペロー版のシンデレラ姫もびっくりな事件が起きないことを祈る。
サービスが人工知能になる時代がやってきた
さて、なんでこんな話をしているのかというと、角川アスキー総研で、昨年から今年にかけてディープラーニング系のセミナーを4回ほどやって、4月にかけても2回ほど予定している。同じ4月には、VR/ARの最新事情やこれからVRコンテンツを作りたい人のための講座も予定している。
直近では、3月29日(水)に、niconicoの小田切優理さんの講座をやらせてもらうのだが、もともと角川アスキー総研の役員でもある川上量生会長に「ドワンゴの人工知能研究のセミナーをお願いします」と相談したのがきっかけだった※2。niconicoは、ご存じのように、ニコニコ動画、ニコニコ生放送、ニコニコ静画などのUGC系のさまざまなサービスを行っているが、画像データをもとにしたリコメンドや分類、不適切コメントの対策に、ディープラーニングを活用しているのだそうだ。
この打ち合わせを小田桐さんとさせてもらっていたときに、「これってniconicoというサービス自体が人工知能に進化しようとしている」と感じたのだ。まったく、私の勝手な妄想だが、ヤフーにしろLINEにしろ、グーグルのページランクにしろアマゾンの「~を買った人は~」式の協調フィルタリングにしろ、そうは感じなかった。それは、ユーザーからのリクエストに応じて何等かのものを返すトランザクション処理だからだ。ところが、すでにどこのサイトも人工知能的なアプローチをはじめているのだと思うが、これから我々は、
「サービスを使う」ではなく「人工知能とつきあう」
ようになる。それが、これから数年のうちにジワジワと進むことなのだろうと確信したのである。ちなみに、Siriは、たまにすごく気の利いた返答をすることで話題になるが、基本は「こう聞かれたらこう答える」というだけである※3。いまのところ、ほかのBOTやアマゾンの「Echo」(Alexta)のようなIPA(Intelligent personal assistant)も大差ないと思うので、本当にまだこれからだが。
VRのほうは、4月15日(土)に、元Oculus VRの株式会社エクシヴィ代表取締役社長の近藤義仁さんを講師に、VR/ARビジネスと開発技法をまとめた(どちらか一方だけ見ていたのではうまくいかないのが新分野)セミナーを予定している。自身ゲストスピーカーとして登壇しているVR EXPO、SSVR(Silicon Valley Virtual Reality)、そしてGDC(Game Developers Conference)など、この3月開催の業界イベントで紹介された最新事情の解説、VR/ARコンテンツを作る上での落とし穴を紹介する※4。
そんなふうに、やや人工知能とVRまみれになっている私だが、表題に「人工知能とVRは、豆腐と納豆の関係」と書いたのは、さっきのバルセロナ大学の研究が象徴していることだ。「スケール感」が、ゲームや共同作業を可能にするというのは、まさに「身体」があるからこそ「自分」があるのだということを示していると思う。そもそも、我々の体は、心の乗り物ではなく、指を曲げて数えるから10進法を使うようになったのだ。VRによって、人工的な身体が表現されるのであれば、それは人工知能になる。
一方、グーグルの「Project Tango」やマイクロソフトの「Hololens」は、VR技術の延長というよりも人工知能の産物である。これは、一度でも体験してみると分かるこどで、Tango端末対応の「Woorld」というゲームを遊んでいると、グーグルのいう「エリアラーニング」(空間学習)の凄さに圧倒される。建物の中を歩き回って、ドアを出て他のドアから入ってきても、カメラからの画像情報だけで元いた同じ場所だと認識する。人間でも、宴会でトイレに立って自分の席が分からなくなることがあるのにだ。これは、人工知能以外のなにものでもない。
よく豆腐と納豆は、名前と実際のモノが逆だと言われる。豆の腐ったのは納豆で、豆を四角いケースに納めたのが豆腐だからだ。ちょっと分かりにくいかもしれないけど、要するに、VRは人工知能っぽくて、人工知能はVRっぽいと思う。どちらが豆腐で、どちらが納豆という話ではない。少なくとも、VRは人工知能を生み出しそうだし、人工知能はVRを生み出しはじめている。
注釈
- Beaming into the Rat World: Enabling Real-Time Interaction between Rat and Human Each at Their Own Scale( http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0048331 )↩
- ディープラーニング、実サービスへの導入の実際~niconicoにおけるレコメンド、コメント解析、画像解析~↩
- 世界の裏側でプログラムは何をやっているか? ― 第2回 Siriが話を聞いて答えたり、何かをやってくれるしくみ↩
- 「VR/ARビジネスと開発技法の最前線2017」~米国・韓国・深センのVR/AR事情からOculus Rift・HoloLens 開発技法まで ~↩
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